亜熱帯の気候が育んだ沖縄の伝統的銘酒琉球泡盛。その製造現場では次の時代を担う新進気鋭の若き技術者が日々その技に磨きをかけています。
今回は、創業明治20年、那覇市首里崎山町にその蔵を構える瑞泉酒造株式会社の若き匠、池原呂桜良(いけはらろおら)さん、伊藝壱明(いげいかずあき)さん、伊佐信二(いさしんじ)さんにお話を伺いました。
聞き手は、酒類業界を技術的、行政的側面より支援するいわば酒のスペシャリスト沖縄国税事務所の小濱主任鑑定官にお願いしました。
逸材探訪~鑑定官が若き匠に聞く(瑞泉酒造編)
聞き手:沖縄国税事務所 小濱主任鑑定官
小濱:よろしくお願いします。まずは、皆さんそれぞれのプロフィールを簡単に教えていただけませんか?
伊佐:私は1983年生まれで、豊見城高校から専修学校サイテクカレッジ北谷校の生物工学科を卒業し、2003年に瑞泉酒造に入社しました。入社してからは主にもろみ酢の製造を約8年、その後営業と事務を2年ほど経験し、今はあらためて泡盛の製造現場にもどってきました。
小濱:この3名の中では伊佐さんが一番お若いですか?
池原:年齢的には伊佐が一番若いですね。私と伊藝が同い年で、ただ、入社順で言えば、私、伊佐、伊藝の順です。
池原:私は沖縄尚学高等学校を卒業後、伊佐と同じく専修学校サイテクカレッジの生物工学科を卒業し、瑞泉酒造に入社しました。入社後15年間泡盛の製造、分析にたずさわり、昨年から営業推進グループに異動し販売にもたずさわるようになりました。
小濱:伊藝さんもお願いします。
伊藝:私は高校卒業後愛知県にある中部大学応用生物学部を卒業後、石川県能美市にある北陸先端科学技術大学院大学のマテリアル科学研究科に進みました。
小濱:どのような研究をしていたのですか?
伊藝:大学時代は有機化学のゼミに所属して、生分解性プラスチックの合成をテーマにしていました。その延長として大学院では医療応用目的とした新素材の合成を研究しました。
小濱:その後なぜ泡盛業界に入ろうと思ったのですか?
伊藝:いくつか理由はあるんですが、一つは学生時代に衝撃的な泡盛に出会ったことにあります。
小濱:どのような泡盛ですか?
伊藝:20年物の古酒だったんですが、まるでメープルシロップのような甘い香りがするんですよ。実はそれまで泡盛に対して特別いいイメージはもっていなかったんです。どちらかと言えば、きつい酒とか臭い酒とか、安く酔える酒みたいな。でもその古酒を飲んだ時、ものすごい衝撃を受けて、泡盛に対する考え方が完全に変わりました。
あとは、大学院が石川県の能美市にあったんですが、あのあたりは美味しい日本酒の酒蔵がいくつかあって、蔵元に近いところで生活することでお酒がより好きになっていったというのもあります。
いつかは沖縄に戻ろうとも考えていたので、次第に卒業後は故郷の銘酒泡盛を造ってみたいと思うようになりました。
小濱:池原さんはどうして泡盛業界に入ろうと思ったのですか?
池原:私の場合、もともと微生物で作る発酵食品に興味があったんですが、専門学校2年生の時に、テレビで「御酒(うさき)」という戦前の黒麹菌を使用した泡盛を造るドキュメンタリー番組を見て、「泡盛造りってカッコイイ!!」と思ったのがきっかけです。
小濱:戦争で消失したと思われていた黒麹菌が東京大学の分子細胞生物学研究所に保存されていることがわかり、60年ぶりに沖縄に里帰りさせて、戦前の泡盛を復元させた話ですね。
池原:ドキュメンタリーでは当時の国税の主任鑑定官も活躍されていました。
小濱:須藤主任鑑定官ですね。数十年前の黒麹菌ですから、安全性の確認は必要でしょうし、量が少なかったのでそれを何倍にも増やして、最終的にきちんと発酵させるまでの技術指導をされたと聞いています。
池原さんは、そのドキュメンタリー番組を見て泡盛業界に入ろうと思われたとのことですが、その時、泡盛業界に求人があったのですか?
池原:いえ、実は就職活動している当初は泡盛業界に表向きの求人がなかったんです。後で知ったんですが求人があっても知り合いのつてで「いい人いないか?」みたいな求人がこの業界には多いみたいで、私の場合、就職活動中に急に瑞泉酒造に技術者が必要になって、しかも私が泡盛に興味を持つきっかけになった御酒を造った杜氏さんの後任でもあり、なんだか奇跡的なタイミングで入社できた感じです。
小濱:伊佐さんはどうでしたか?
伊佐:理系の専門学校だったので、そこで泡盛も含めた発酵とかに興味がわいたんですが、正直この業界に入ろうと思ったのは学校の勧めが大きいかもしれません。そこでいろいろと調べていたら、瑞泉酒造があの御酒を造った会社なんだと知って、ますます興味がわいた感じです。
小濱:おそらく先輩の池原さんが流れをつくってくれたんですね。伊藝さんはどのような経緯で入社されたんですか?
伊藝:私の場合、就職活動をしたくても本土で生活していたもので、まずはインターネットでホームページがあるところを探して、業界のことを知りたいので工場見学をさせてほしいとメールや手紙で申し込みました。
小濱:ホームページがない蔵もけっこうありますよね。
伊藝:10年くらい前ですので、今よりもさらにホームページが少なかったですし、その中でも工場見学を受け付けてくれたのは5社くらいでした。ただ、どの蔵もはじめから「求人はないですよ」と釘はさされましたけど。
小濱:それではどのようにして入社できたのですか?
伊藝:これはあくまでも入社した後に聞いた噂話ですが、私が工場見学をしている時、工場長に対応していただいたのですが、その時たまたま現会長が近くにいらしたらしく、私が帰った後で「あの熱心な人はだれですか?」ということになって、工場長が就職希望の学生だと伝えると「それならば履歴書をもらってみれば」ということになったらしいです。
池原:きっと熱意が伝わったんでしょう!
小濱:みなさんは製造にたずさわっている訳ですが、泡盛造りのここが面白いとか、こういうところを自分なりに工夫しているといったところなどはありますか?
伊佐:私は泡盛が大好きですが、造り手として視野を広げるためにも日頃からなるべくいろいろな種類のお酒を味わうように心がけています。
小濱:いろいろなお酒を飲むというのは家でですか?それとも外で?
伊佐:家も外も両方です。お酒だけではなく、おつまみや料理も趣味として研究してます。美味しいと思った店の料理は、家に帰ってから自分で再現して、さらに自分好みにアレンジしたりしています。料理はお酒に欠かせないものですし。
小濱:お店の料理を家でつくり直すんですか!?マンガのクッキングパパみたいですね。そうやって得た知識を社内に還元して、新しい商品の開発に活用しようとしてるんですね。
伊佐:最近ではリキュールなどを造る機会も増えてきたので、幅広い経験と知識がそういう所で活かせるのではないかと思っています。
小濱:池原さんは何か困ったことや、工夫していることなどありますか?
池原:扱っているのが生き物ですから、その難しさは当然あるのですが、これまでで一番考えさせられたのは2010年ごろにタイから輸入される泡盛の原料米の規格が急に変わった時の対応ですね。
小濱:これまで使っていた原料米の一部が輸入されなくなって使えなくなった時ですね。
池原:同じ原料を同じ条件で造れば、ある程度は同じ酒質の泡盛ができるのですが、違う原料から同じ酒質の泡盛を造らなければならなくなった時に、本当に苦労しました。
あとは、ブレンドを担当している時に、その奥深さを痛感しました。わが社には数百の甕(原酒)があるんですが、最初はどれとどれをブレンドしたらどうなるのか全くつかめませんでした。
まずは甕ごとの個性をつかんで、ブレンドしては仕上がりを確認するという作業を何度も何度も繰り返し経験を積むことで、なんとなくブレンド前とブレンド後のイメージが湧くようになりました。
小濱:伊藝さんは何か困ったことや、ここが足りないなと思うことなどありますか?
伊藝:ん・・・そうですね・・・。
小濱:俺に足りないところはないと??
伊藝:いえいえ!そんなことは無くて、9年目ですがまだぜんぜん分かっていないところが多いです(笑)。酒質については、こういう造り方をしたらこういう酒質の泡盛になるというのを繰り返してこつこつ経験を重ねるしかないですね。
ただ、もっとベースの泡盛の酒質の幅を広げたいというのはあります。コストの面で社長には申し訳ないんですが、今の3倍くらいに甕を増やしたいですね。
池原:酒質の幅もそうですが、ブレンダーを育てるっていうのも必要だと思います。泡盛業界は、銘柄の芯をぶれさせないいわゆるブレンダーと呼ばれるような技術者が、他の酒類業界に比べて少ないような気がします。
小濱:ぜひ、その先駆者のお二人が業界のブレンダーとして、ブレンダーの重要性を業界や泡盛ファンにピーアールしてください。本日はその機会でもあるんです。
言いにくい話かもしれませんが、泡盛業界全般に望むこと、もっとこうしたらいいんじゃないか?と言うことがあれば教えてください。
伊佐:今、県内で若者の泡盛離れが深刻になりつつあるんですね。なぜ、そうなっているのかというのを、個々のメーカーだけではなく、全体として意見交換して業界全体で取り組んでいくべきだと思います。その辺りの横の繋がりが弱いのではないでしょうか?
伊藝:業界全体として、消費者指向といいますか、最大公約数を狙うところに重きを置きすぎるのも問題ではないかと思います。そういう視点になれば、飲みやすさみたいな表面的なキーワードばかりが際だってしまいます。
例えば泡盛に慣れ親しんでいる地元の人にさらに愛される泡盛を造るとか、地元の若者をターゲットにするとか、そういうこだわった視点も必要でないかと?
小濱:瑞泉さんは地元の人に愛されてますか?ちょっと意地悪な質問ですが(笑)
伊藝:好まれているとは思いますが、どちらかといえば”年配の方が飲む酒”というイメージが強いかと。
池原:泡盛そのものが、わりと年配の方の酒というイメージがついている中で、瑞泉はそのなかでも”おじさんの酒”というイメージがついているかもしれない。
小濱:そこまで特別なイメージはないように思いますが?
池原:老舗で癖がある泡盛をつくり続けているっていうイメージがあるみたいです。去年はキングというラベルも中身もこれまでとは違うぞっ!ていう泡盛も出したりして、できるところからイメージを変える努力はしています。
業界全体の話としては、この業界は瞬発力が足りないような気がします。
小濱:企業も人も年齢が高くなると瞬発力が落ちるかもしれませんね。
池原:でもこの業界は皆さんのイメージよりずっと若い人も多くて、特に製造の分野では私で年長に入るくらいみんな若いし、それぞれ業界に熱い想いを抱いています。そんな若い技術者の意見や力を業界がどんどん取り入れて、業界全体を発展させてほしいですね。
小濱:そうですね。せっかく会社に若い技術者がいるんだから、もっと表に出て、泡盛をピーアールすべきです。私はプライベートでもお酒のイベントに参加することがあるんですが、そこに技術者がいて、「こうやって造ったからこういう味になったんですよ」と説明されると、ものすごく飲んでみたくなります。
池原:私も、製造にいたとき、個人的に友達とかと飲みに行って、店長さんに名刺を渡したあとで、「えっ!製造の人なの!?」ってすごく驚かれて、いろいろと質問された経験があります。
小濱:忙しいとは思いますが、技術者の皆さんからの情報を求めている方はたくさんいると思います。特にお酒の世界には基礎知識では物足りないマニアのような方もたくさんいらっしゃいますし。ぜひ、いろいろな場面で表にでていただきたい。
最後の質問ですが、”自分にとっての理想の泡盛”について教えてください。
伊佐:個人的な好みとしては、濃厚な味わいがあって、甘みがあって、時間経過によって甘いバニラの香りや、古酒香が開いていく泡盛が好きですし、それが泡盛古酒の魅力だと思っています。
ただし、人の好みはさまざまだと思いますので、常にたくさんの情報を取り入れながら、それぞれの好みに合わせた酒質の泡盛をつくりたいとは思います。
小濱:今、理想の泡盛造りに向けて、山で言えば何合目くらいにいますか?
伊佐:2合目とか3合目くらいたどり着いていればいいかなと。
小濱:伊藝さんにとっての理想の泡盛とはどのようなものですか?
伊藝:ちょっと抽象的な表現になるかもしれませんが、「沖縄の人が誇りをもって飲む」というのが理想の泡盛かなと思うんです。
最近では泡盛が特に若者に支持されていないといったレポートも目にします。でも自分自身もそうでしたが、泡盛はとても奥が深く、そこに気づくととても潜在力のあるすごい酒だってことが分かります。そこに気づかせる泡盛、沖縄の人が誇りを持って飲める泡盛を造りたいと思います。
小濱:伊藝さんがかつてそうだったように、伊藝さんが感動するような泡盛を若者に飲んでもらえれば、きっと若者の泡盛党が増えるはずですね。
プラスして、伊藝さんが前に出て、俺が造った泡盛、どうだすごいだろ!カッコイイだろ!と思わせる泡盛が理想ですね。
伊藝:まぁ、そこまでは…(笑)。
池原:もっと伊藝さん前に出て行ってほしい!!どんどんメディアでも使ってください!!
小濱:池原さんにとって理想の泡盛とは?
池原:芳醇で、香り豊かな年代物の古酒ですね。あの香りは古酒にしてからしか生まれない。居酒屋さんで飲む泡盛とは全く別物だと思います。
ただ、常にジレンマはあります。
私自身も蔵に入る前は泡盛作りがカッコイイとは思いましたが、今ほど泡盛が好きだったかと言われるとそうでもないんです。
やはり、泡盛作りにかかわるようになって、蔵で大切に寝かせてある秘蔵酒などを口にした経験が大きいんです。優しい熟成感のある美味しさで、香りも次々に変化して、「今まで自分が飲んできた泡盛はいったいなんだったんだ!」というくらいの感動なんです。でも、そういう秘蔵酒はどうしても販売となると価格が高くなって、若い人が体験しにくい。
若い人たちがそこにたどり着くために、まずは泡盛を手にとってもらって、入口に立ってもらわないといけないので、比較的価格を抑えることができる一般酒にも力をいれなければいけない。
だから、若い人たちでも手に取りやすい一般酒にも力をいれながら、将来古酒にたどり着いた時にがっかりされない古酒造りもつづける。そこのバランスが大事なんだと思います。
小濱:新酒も美味いけど古酒になったらもっと美味いぞ!という泡盛を今後も皆さんで造り続けていただいて、その頑張っている姿、努力している姿も含めて泡盛の美味しさとして今後もピーアールしていただければと思います。
今日はお忙しい中、お集まりいただきまして、ありがとうございます。
池原、伊藝、伊佐:こちらこそありがとうございました。