逸材探訪 ~鑑定官が若き経営者に聞く~(池原酒造編)

  • [公開・発行日] 2018/06/06
    [ 最終更新日 ] 2018/06/21
   

日本最古の蒸留酒、琉球泡盛は太平洋戦争末期の沖縄戦、それに続く米国民政府の沖縄統治により艱難の時代を迎えます。当時を知る関係者の言葉を借りれば、それは泡盛にとって”ゼロではなくマイナスからのスタート”。その後の半世紀はいわば第二次泡盛創生期といっても過言ではないでしょう。

そんな第二次泡盛創生期を担った泡盛蔵も三代目、四代目と新たな世代交代の時期を迎えています。

創生期から成長期へ、泡盛蔵のかじ取りを任された若き経営者は、何を考え、どこを目指すのか?今回は、泡盛ファンの間でその名を知らぬものはない“白百合”を主要銘柄に持つ、池原酒造の若き経営者、池原優さんにお話を伺いました。

聞き手は、激動の泡盛創生期を影になり日向になり支え続けた沖縄国税事務所より小濱元主任鑑定官にお願いしました。

逸材探訪~鑑定官が若き経営者聞(池原酒造編)
聞き手:沖縄国税事務所 小濱元主任鑑定官

小濱:それでは、まずは、ご自身のご経歴を簡単にお話し願えますか。

池原:はい、池原酒造代表の池原優と申します。年齢は30歳です。出身高校は地元の八重山高校で、その後、帝京大学経営学科に進学しました。
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小濱:将来の経営者を目指して経営学科へ?

池原:そうですね。でも、子供のころからゴルフをジュニアでやっていまして、正直、ゴルフの道を選ぶか大学で経営を学ぶかけっこう迷ったんですよ。

小濱:ゴルフか大学の二択?

池原:結局、ゴルフは好きだったんですが、さすがにこれで飯を食うのは冒険しすぎだろうと思い、大学進学を選びましたが。

小濱:ゴルフを長年やっていて、プロをめざすかどうかの岐路がそこだったわけですね。

池原:はい、その後、まずは流通を勉強したくて株式会社ドン・キホーテに就職しました。

小濱:全国展開のあのドンキですね。

池原:そうです。就職の際の面接の時にも「30歳くらいで辞めますが、それまで勉強させてください」とお話したんですけど、それでも採用していただいたので、いい会社ですよね。

小濱:30歳くらいになったら辞めるというのは、自分で独立して、会社経営をしたいから、とりあえず勉強させてほしいという意味ですか?

池原:はい。面接していただいた方からも、なんとなく入社されるより、そうやって、きちんと目標をもって働いてくれたほうがいい、と言ってもらえまして。

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