琉球王朝時代より600年。永きにわたり人々を魅了してきた日本最古の蒸留酒、琉球泡盛。その製造現場では次の時代を担う新進気鋭の若き技術者が日々その技に磨きをかけています。
今回は、“泡盛文化の継承と創造”を基本理念に、泡盛の新たな可能性を日々追求しつづける忠孝酒造の若き匠、井上創平(いのうえそうへい)さんと山本博子(やまもとひろこ)さんにお話を伺いました。
聞き手は、酒類業界を技術的、行政的側面より支援するいわば酒のスペシャリスト沖縄国税事務所の小濱主任鑑定官にお願いしました。
逸材探訪~鑑定官が若き匠に聞く(忠孝酒造編)
聞き手:沖縄国税事務所 小濱主任鑑定官
小濱:本日はよろしくお願いします。主任鑑定官の小濱です。早速ですが、山本さんは入社してどれくらいになるのですか?
山本:私は、2015年の4月に入社して、最近入社一年目を過ぎたくらいです。
小濱:お若いですね。
井上:忠孝では貴重な20代です。
山本:この業界はアットホームと言いますか、20代の人が入社すると「○○蔵に20代の子入ったらしいよ」って結構みんな知っていたりするんですよ。やっぱり業界に入る若い人が少ないんですかね?
井上:そういう訳でもないと思うよ。でも毎年入ってくるわけではないですよね。自分も製造メンバーに限れば確かに10年近く後輩がいないですし。
山本:在学中はわりといたんですよ、泡盛業界に就職したいという学生が。私が在籍した学科は40人くらいだったんですけど、就活の最初のうちは泡盛業界への就職希望者が4、5名はいたんですけど、だんだんと「求人ないし…」という感じで、少しづつ減っていく感じで。
小濱:そういう業界だと思われているのかもしれませんね。
山本:何か“狭き門”みたいなイメージはありました。
井上:でも意外とみんな普通に入社してますよね。何かしらのきっかけを掴んで。そのあたりのきっかけを自分で探してこなければならない辺りがしんどいのかもしれませんね。学生を集めてエントリーシートを書かせるというのがないですからね。
小濱:よく聞くのが、表向きの募集はないけれど、そこをある程度強引にエントリーして「じゃあ入社していいよ」となるパターンですかね。
井上:確かに多いですね。そういう話よく聞きます。
小濱:そもそものお話ですが、山本さんはなぜこの業界に入ろうと思ったのですか?
山本:そうですね。私は小さな時からお酒が大好きで。
小濱:(沈黙)
井上:(沈黙)
山本:え!?違うんですよ、お酒の文化が面白いと思ってて!!父と母、祖父もお酒が大好きで、祖父の家はお酒を保管するための部屋があったりして、きれいに並んだ瓶を眺めながら生活したり、お酒について大人の人が話をしているのを聞いたりして、幼いころからなんだか親しみを持っていたんです。
小濱:よかった。ちょっとドキドキしました。それでは、幼いころからお酒に囲まれて、そういう関係の道に進みたいと思ったのですね?
山本:はい。高校時代に親しかった生物の先生もお酒が好きで、お酒に関する話を聞くといろいろと教えてくれたんですよ。私が高校生の時、ちょうど「もやしもん」が流行っていて、大学で酒造の勉強ができると漫画で知ったんです。それで酒造に関係する勉強をしたいと思い琉球大学で発酵学を学ぶことにしました。
小濱:「もやしもん」は架空の農大の生徒を主人公にした漫画ですね。それで、発酵の勉強をしたわけですが、その後、泡盛業界を選んだのはなぜですか?
山本:泡盛を詳しく知ったのは大学に入ってからですが、二十歳になって初めて泡盛を飲んだ時は正直美味しいとは思わなかったんですよ。でも、二十歳の春に酒造所巡りをした時、ある酒造所で20年モノの古酒を飲ませていただく機会があって、その香りが時間とともに変わる様がすごい私には衝撃で、それからコロコロとこの世界に落ちてきました。
小濱:泡盛の魅力に気がついたんですね。
井上:確かに古酒から泡盛に目覚める人。多いですよね。
小濱:それでは、井上さんの泡盛との出会いまでを教えていただけますか?
井上:自分はもともと県外出身で、山口県なんですけど、琉球大学の理学部に入ることになって沖縄にやってきました。
小濱:琉大の理学部で学ぼうと思ったのは、お酒とは関係なくですか?
井上:そうです、高校時代は泡盛のことを知らなかったので。そのころはあまりその後の進路とかは考えてなくて、漠然と化学か生物を勉強しようかなという程度でした。そんな中、琉球大学に化学と生物が統合された学科ができたということを知って、そこならば両方勉強できるのではないか、ということで選びました。
小濱:それでは、泡盛との出会いは学生同士の飲み会か何かということになりますか?
井上:そうですね。地元出身者が多い飲み会ではやはり泡盛が出てきて、イメージとしては離島や北部のお酒が多かったような気がします。
小濱:泡盛を最初に飲んだ印象はどうでしたか?
井上:最初はもう、「くせーなっ!」って感じでしたね。インパクトはありましたけど。まあ、それでも大人数で飲む時は泡盛を普通に飲んでましたね。がっつり泡盛に浸っていたというわけではありませんが。
小濱:その井上さんが、なぜ泡盛メーカーに就職しようと?
井上:就職する時期になって、研究職を希望していたんですが、その中でも食品系がいいと思っていました。それと、自分は大学院に進学したので、4年卒の同級生が焼酎メーカーに入社したりしていたのと、一歳違いの弟がいるんですが、彼が日本酒のメーカーに就職したりした影響ですね。
小濱:弟さんが日本酒を造る、だから俺は泡盛を造る、という感じですか?
井上:いえ、その当時も泡盛メーカーは表向きの求人がなかったので、まずは焼酎メーカーさんにアプローチしていました。そうこうしているうちに友人が何かのツテで忠孝酒造が研究職を探しているらしい、という情報を持ってきて。それならということでその友人を経由して、履歴書などをもって話を聞いてもらいに行きました。
小濱:そこで気に入ってもらえたということですね?
井上:そうなりますね。
小濱:山本さんはスムーズに入社できましたか?
山本:私の場合、大学の先生に間に入ってもらったんですが、最初は“採用の予定がない”とすぐに断られました。でも、業界に入りたくて粘っていたら、先生が何かの飲み会で社長と一緒になったらしく、その際に酔っ払った社長にお願いしたら、「面接してもいいよ」って話になって、それで面接していただき入社したという次第です。
小濱:何か泡盛の力を感じますね。
山本:合格の連絡を携帯電話に受けた時、ちょうど泡盛鑑評会のお手伝いをしている最中だったので、なんだか泡盛に囲まれて幸せな気持ちになりました。
小濱:泡盛に縁がありますね。私たちのイベントも手伝っていただきありがとうございます。入社後はどのようなお仕事をされているんですか?
山本:入社した当時は、忠孝蔵(工場併設のギャラリー)に配置されてお客様を工場案内したり、泡盛について紹介したり、販売もしておりました。9月からは国際通りのハピナハ(那覇市牧志)にあるマイブレンドショップという、お客様にブレンドを体験していただくコーナーで、泡盛ブレンドのお手伝いをしたり、泡盛を販売しています。私、お酒の話をするのが好きなので、毎日楽しくお仕事しています。
小濱:それでは、マイブレンドショップにいけば山本さんに会えますか?
山本:はい。外国からのお客様も含めて多くの方が毎日いらっしゃいますよ。
小濱:外国の方ということは、対応は英語ですか?
山本:はい、Do you know Awamori ?から始まって、お酒の説明や、ブレンドの説明など英語で行います。
小濱:ブレンドに関するノウハウはどこで習得したのですか?
山本:ブレンドの方法などはマイブレンドショップに異動してから先輩に教えていただきました。でも、それも基礎だけで、今は自分であれこれブレンドして「これは美味しい」とか「美味しくない」などやってます。
小濱:自習して技を磨いているわけですね。
山本:自主学習といっても、ただ飲んでるだけなんですけどね(笑)。
井上:あの施設はうちも初めての取り組みなので、やり方も試行錯誤中なんですよ。ブレンドの仕方もすべて自分たち決めているので、別の酒類で確立されたブレンド法など、今後は取り入れてみる価値はありますね。
山本:私は、ブレンドがなにかもっと手軽にといいますか、高尚なことみたいな位置づけではなく、お酒を飲める年齢になったら、こういう遊びもできるんだよという所を目指しています。
小濱:多くの方に、気軽に来て頂きたいわけですね。
山本:はいそう思います。
小濱:今、ブレンドを自習しているわけですから、将来蔵に戻ってきたらそのスキルはいろいろ役に立つと思います。ぜひスキルを磨いていただいて。
井上:原酒はいろいろ揃っているので、ブレンドの技術はこれから役に立ちますよ。
小濱:そうですね。井上さんが原酒を造るので。“こう混ぜたらいいですよ”って言えるようになれたらいいですね。井上さんは入社してからのお仕事はどのような感じですか?
井上:初めのころは、新商品の開発をメインでやりました。その中でマンゴー酵母を使った泡盛の商品化が一つ目の大きな仕事ですね。
小濱:マンゴー酵母ですか。
井上:はい、あれはTTC(旧株式会社トロピカルテクノセンター)との共同研究という形だったのですが、TTCが持っていたマンゴー酵母を使って、実際に工場で商品化する際の条件を研究するような立場でした。
小濱:なるほど。新しい酵母について、各スケールで狙ったどおりの結果になるかどうかを検証していったという感じですね。
井上:そうですね、ラボと現場とつなぐ中間的な役割で。その後、忠孝蔵が出来てからは、その一角の手作り蔵の杜氏さんになっています。手造り蔵は、基本的には体験施設なので、お客さんと一緒に泡盛を造っています。お客さんにとっては自分で造った泡盛が飲めるということで、かなり人気ですよ。
小濱:仕込み作業なども、お客さんとやることがあるのですか?
井上:最初の工程である米を蒸して麹をつけるのがメインになるんですが、時間の都合がつくのであれば、その後の仕込みも一緒に行います。翌日とか、翌々日になりますけど。そうでなければ、後の工程はこちらで行って、製品をお送りする感じですね。
ただ、麹の出来しだいで泡盛の味は完全に変わるので、自分の泡盛を造っているという感じはあると思いますよ。今はそれがメインの仕事ですね。
小濱:なるほど。新人鑑定官の研修にも利用させて頂きたいくらいですね。大きいスケールだと自動化されているので、見学だけという時もありますので。できれば作業させてもらえるスケールのところがいいですね。
井上:手造り蔵は米を運ぶのも洗うのも全部手作業なんで、そういう意味ではかなり“造った感”があるのではないでしょうか?体験した方の中には「そこまでやらされるとは思わなかった!」という感想を持つ方も多いようです。体力的にはキツイので最初のころは自分も大変でしたが、今は、意外とそういうところの良さも感じています。結婚式用に仕込む方もいらっしゃいますよ。
小濱:記念の酒ですか?
井上:ウエディングケーキの入刀ではないですけど、新郎新婦さん二人の共同作業として泡盛を造って、それを引き出物で渡すとか。沖縄の結婚式の場合参列するお客さんが100人とか200人とか結構多いので、それがちょうど1回の仕込みくらいなんですよ。
小濱:なるほど、規模的にもちょうどいいわけですね。
井上:二人で仕込みをしているところをビデオカメラで撮影して、披露宴でその映像を流しながら「二人で造りました、どうぞお持ち帰りください」とやると皆に喜ばれるみたいです。
小濱:いいですね。夫婦でいっしょに造って、“どうぞ”と 。
井上:新郎新婦ではなく、友人が同じようにうちの蔵で泡盛を造って、その風景を余興の代わりに会場で映像を流して、「テーブルの上の泡盛は私たちが造りました、どうぞ召し上がってください」というパターンもあるみたいです。
泡盛全般に言えることですけど、子供が生まれたり、結婚式など記念品として利用されることも多いので、その中でも自分で造ったオリジナルというのは、より価値があるのかもしれません。子供が生まれたので、その記念に若いお父さんとお母さんが泡盛を造りにみえることもありますよ。
小濱:夢がありますね。子供が二十歳になった時、20年古酒として子供と一緒に飲むとか。結婚記念に造った泡盛を、10年、20年、30年と節目節目に二人で新婚時代を思い出しながら飲むとか。
小濱:まだ山本さんは入社してからそれほど時間は経ってはいませんが、今までで働いて印象に残った出来事とか、うまくいったと感じた出来事などありますか?
山本:そうですね。良かったなと思うのは泡盛を飲んだ事がないというお客様がマイブレンドショップにいらして、帰られる際には、「泡盛って美味しいね!」って言ってもらえた時ですね。
小濱:そのために、なにか工夫されていますか?
山本:やはり泡盛を飲むのが初めての方は、アルコール度数が高すぎるとそれだけが印象に残ってしまいますから、アルコール度数低めの泡盛からおすすめして、徐々に高めの泡盛をお出ししたり、普段飲んでいるお酒の種類をお聞きして、それと似た度数の泡盛からおすすめしたりと自分なりに試行錯誤をしながら頑張っています。あと銘柄によってはロックで飲んだほうが美味しい泡盛もありますし、15度ぐらいで、氷を入れた方がおいしい泡盛もありますし、その辺に気をつけています。
小濱:なるほど。同じ質問になりますが、井上さんは入社されて、手応えがあったお仕事とか、これは自分の手柄だ、みたいな経験はおありですか?
井上:手応えですか … 。確かにマンゴー酵母は自分が初めて手がけたというのはあるんですが…。
小濱:マンゴー酵母は俺の酵母だ、みたいな思い入れがあるのではないですか?
井上:さすがにそこまでではないですね。マンゴー酵母はもともとマンゴー酵母というのがTTPにあって、そちらからの提案がスタートですので。
小濱:それを現場にマッチするように井上さんが手がけたんですよね。
井上:一応手応えとしてはあるかもしれませんね。いろいろと研究した中で、ある程度狙い通りに進んだというか、手造り蔵だとスケールが小さいのでいろいろ試せたということはありますよね。
小濱:今でも手造り蔵で、様々な条件で、泡盛を造ってらっしゃいますよね。
井上:麹にしても酵母にしても種類があるので、それを色々組み合わせて泡盛の味の幅を追求したいと思っています。
小濱:“これで、こう造れば、こうなる”というのを極めて行きたいと。
井上:最終的にはそこまでいって、“こういうお酒を造りたい”となったときに、「それではこういう酵母とこういう麹を組み合わせて、造り方はこうで蒸留はこうすればそうなる」となればいいのですが、まだそこまではいってないですね。ある程度までですかね。
小濱:これまで、この時は狙ったものができたぞという経験はおありですか?
井上:そうですね、これまで、きれい(端麗)な味と、どっしりと深みのある味と、その中間を狙って造り分けてみましたが、きれいな味と、中間の味はかなり狙い通りに造れるようになりました。あとは、どっしりとした味をもっとコントロールできればと。ただ、やればできる感はありますね。
小濱:俺の腕で造り分けている感じがあると。
井上:確かに米を蒸すとこから蒸留まで一貫して“俺”がやってるっているので、俺の酒と言えば俺の酒なんですが … 。
小濱:自分の思うようにやって、それが思うような酒質になるのはやはり嬉しいのでは?
井上:それはそうですが、あとは精度の問題ですね。
小濱:私は、特にこれから、泡盛業界は、麹と酵母の組み合わせをもっと追求したほうが良いのではないかと思っています。井上さんはその点まさに先駆者ですね。お話できる部分だけで結構なので、今後情報を発信していただき業界全体の底上げに貢献して頂けるとありがたいです。
井上:そうなると本来はもっと詳細な科学的な分析とかも欲しいですね。
小濱:そうですね。利き酒はやられてると思うんですが、科学分析も入るとなお良いですね。あと造った時の計画(書)もきちんとあると後から検証できますし。
井上:確かに必要ですよね。そういったデータは。もう少し自社に測定機器類があるといいんですが。あとは自分自身の時間の問題もある。
小濱:だれか分析してくれる若い方が入社してくれるといいですね。ぜひ社長に、測定器機の購入含めてご依頼していただいて、業界の全体のためにも。
井上:そうですね。あとは、官能評価の部分も、もう少し後からきちんと検証できるレベルまで押さえておきたいですね。自分自身あまり利き酒は得意という方ではないので。
小濱:そこはいっしょに頑張っていきましょう。やはり官能評価は要だと思いますので。業界全体のことでもあるんですが、各社で自分の今回の酒がどうだったかを振り返れるようになったら、もっともっと泡盛は良くなると思うんです。ぜひそこは我々も頑張っていきたいと思っています。
井上:よろしくおねがいします。
小濱: それでは、良い体験はお聞きしたので、逆にちょっとこれはマズかったなとか、今は足りてないなとか、こういうところを苦労してるな、というエピソードがあればお教え願えませんか?
山本:自分の説明する力に歯がゆい思いをすることは多いです。マイブレンドショップは外国のお客様も多いので、もっと英語が話せたらとか、中国語が話せたらとかモヤモヤすることは多いです。お酒の表現に関しても、ボキャブラリーがもっとあればいいなと。プライベートでもお酒を飲んだらメモをする習慣があるんですが、毎回同じような表現になってしまって、違いがうまく表現できてないところも悩みです。
小濱:その辺りは訓練ですから。いろんな表現をしたいというのであればマイスターのみなさんのような方向性で訓練すれば大丈夫だと思います。ただ、先ほど井上さんとお話していた利き酒の話は、製造と関連する香りや味の利き分けですからまた別の話になりますけど。
井上:複合的な香りの表現と、製造に必要な香りの表現はまた違いますよね。
小濱:そうですね。勉強会などでもやはり何名か、いぐさの香りとかラムネの香りとか表現される方がいるんですが、二つ、三つの香りを複合的に捉えていらっしゃる場合が多いので、それを切り分けて、より精密に嗅ぎ分けていただいきたいと思っています。
井上:そうするとやはり標準物質を嗅いで訓練するのが基本になりますか?
小濱:それが一番近いのではないかと思います。
井上:あれ(標準物質)は、お酒に入れるのがいいですかね?アルコールに溶かしますか?
小濱:訓練はどちらでやってもいいとは思うのですが、閾値をどちらでとるかは悩みますよね。ホントは癖のない泡盛を大量に用意して、泡盛中で閾値を出した方がいいとは思うんですが。アルコール溶液のほうが明らかに閾値が低いといいますか、敏感に感じ取れるので難しいやつはそちらでやってもいいかとも…。ごめんなさい。脱線しちゃいました。苦労話ですね。井上さんは、これまでこれは苦労した、失敗した、というエピソードなどありますか?
井上:失敗という訳ではないんですが、うちの蔵には時々小学生が社会科見学に来るんですよ。聞いた話では、保護者の方の中には、なぜ未成年に泡盛の工場を見学させる必要があるのかと疑問視なさる方もいらっしゃるようで、その辺普段から、泡盛は飲むだけではなく、琉球文化の一つなんですよと、きちんと説明できるようにしないといけないと思っています。
小濱:小学生の先生になれるように頑張るということですね。子供たちにも興味を持っていただけるように説明しなければならないし、保護者の皆様には、琉球文化としての泡盛を理解していただかなければなりませんし、もはや泡盛の伝道師的な感じですね。
井上:そうですね。そこをうまくやっていきたい。
小濱:なるほど。それでは、泡盛業界についてご意見を伺いたいのですが、山本さんはまだ業界全体のお話は難しいかもしれませんが、身近なことでも構いませんので何かありませんか?例えば、最近では業界が泡盛を若い人に飲んでもらいたいといろいろな活動をしていますが、それに対するアイディアや不満でもよろしいので。
山本:私にとって一番ショックなのは、私と同じ世代の女の子に「泡盛なんておいしくないよ」って言われることですね。私が好きな泡盛が、私と同じ世代の人に否定されるのが、とても悲しいです。しょんぼりします。
「泡盛のリキュールだったらまだ飲める」という話も聞くんですけど、かたやリキュールにすると「泡盛の味がしない」、「泡盛は貯蔵して育てた古酒が真骨頂でしょ」みたいな意見もあって。
小濱:確かにご年配の方に多いような気がしますね。
山本:私も働いていて、1年経て、泡盛が600年の歴史があって、時間とともにまろやかに変化して、すごいお酒だということは分かりますので、「泡盛はすごいお酒だから飲んでね!」というPRもわかるんですけど、PRされる側からしたら「そんな偉そうな事言われても飲む気せんわっ!」てなるかな?と思うんですよ。「チューハイとか親しみやすいお酒があるしね。」となるんじゃないですか。
小濱:そうですよね。若い子は上の方から「これあるから飲めっ!」と言われても飲まないですよね。
山本:私たちは日々接しているから色々と細かいところまで分かることがあるんですけど、やはり自分たちから階段を降りていって、“泡盛も手軽に飲めるよ”って形に変えていかないといけないんだろうなと思いますね。それには度数を下げたり、カクテルにして甘くしたりする以外の方法もあるんじゃないかと思うんですよ。
普段、お酒を飲む場所にいて思うんですけど、お酒だけが“ドン”ってあるのではなくて、その場所の雰囲気や、料理やもっと言えば隣に誰がいるかでお酒の味って変わってしまうと思うんですよ。だから、PRする側としては、そういうところまで気を配って、泡盛って美味しい、楽しいというイメージをもっていただく努力が必要だと思うんです。泡盛がどうこうということだけでなく。そこまでお膳立てするのは、実際には難しいとも感じてはいますが。
小濱:なるほど、日々マイブレンドショップでお客様と接して感じるわけですね。
山本:そうですね。お酒ってほんとに嗜好品で、若い方から年配の方、本土の方、外国の方いろいろな方に飲んでいただいてますが、好みが全然バラバラなんですよ。
毎回マンゴー酵母の甘い泡盛の評価が高いわけでもなく、古酒が好きな人もいるし、逆に古酒は嫌いという人もいるし。
小濱:山本さんは日々お客さんと向き合って飲んでるわけですから、蔵人の中では誰よりも一般の人と飲んでるはずですからね。
山本:一緒には飲んでないですよ!
小濱:まぁまぁ、気持ちだけ。何か具体的にこうすればいいんじゃないか、と思うことはありますか?
山本:イベントをやるにしても、泡盛を飲ませるだけでなく、泡盛以外の環境も準備したほうがいいと思うんです。例えば、泡盛とコラボした音楽イベントを企画して、そこで泡盛を飲んでもらうとか。音楽好きの人が集まって、初めて泡盛に出会って、音楽も含めて楽しいイメージをもって帰ってもらい、泡盛を飲み始めるキッカケになるといいと思います。
マンガのイベントなども泡盛とコラボしてもらって、そこで泡盛に初めて出会ってもらうとか。これは、私がマンガを描いたり読んだりするのが好きっていうところからの思いつきですけど。
お酒が好きな人が集まるところでイベントをしても、もともとお酒が好きなわけですから、発想を変えて普段お酒と縁がない人たちが集まるイベントに無理矢理にでもコラボしてPRを行った方がいいんじゃないかとは思います。
偉そうなこと言ってすみません。 (≧≦)
小濱:いえ、いえ、確かに泡盛を若い、特に女性に広めるためには、お酒だけでないトータルプロデュースが必要ですよね。別件で泡盛女子会の企画もあるんですが、その時は山本さんに、音楽や料理のプロデュースをお願いしたいですね。
山本:私も勉強中で … 。でも、泡盛女子、泡盛男子が増えればいいなとは思っています。
小濱:マンガの同人誌など造ってみてはどうですか?泡盛関連の。
山本:実は、以前各酒造所の代表銘柄の擬人化に挑戦したことがあるんですが、逆に迷走してしまって … 。飲む度にイメージが変わっていってしまって… 。画力が追いつかないということもありますが … 。
小濱:各メーカーをキャラクター化して47枚のトレーディングカードを造って、裏に酒質の説明などがあって、蔵に行ったらもらえる、みたいなのがあるとおもしろいかもしれませんね。
山本:以前、営業の人と冗談で「泡盛を飲んだら泡盛のパワーで変身するキャラがいたら面白いんじゃないですか?」って話しをたんですけど、成人しないとお酒飲めないのに、二十歳超えた人が変身するのもなかなかイタイなって … 。そんな話もありましたね。でもそんなポップな感じで泡盛をPRできたらいいなと思います。
小濱:いいんじゃないですか。飲めないなら香りとか瓶から伝わるホーリーパワーで変身するなど。ぜひ忠孝のキャラクターにして、お祭りなどで登場していただいて。
山本:そのままメディアとコラボというのも面白いかもしれないですね。
小濱:そんなオジサンには思いつかない発想でどんどんやっていっていただいたらいいと思います。
山本:冗談みたいな話なんですけど。
小濱:冗談から価値あるものが生まれるかもしれませんから。井上さんは、何か業界に提言などありますか?例えば、将来こういうふうになってくれたらいいなと思うことなどは?
井上:もっと交流した方がいいのでは、というのはあるんですけど、その他の業界の方はどうなんですかね?弟の話だと良く杜氏同士で飲んだりすると聞いてはいるんですが。
小濱:弟さんは、今山口県で清酒を作られているんですよね。確かにそういうのはありますね。
井上:弟の話を聞く限り、横のつながりはオープンなのかなって印象があって。そういう意味では泡盛業界にも横のつながりがあってもいいかなと思うところはあります。
小濱:清酒業界は、お互いに力を合わせてなんとかしようとしている感じがありますね。年に何回も研究会やったりとか、オフシーズンに自主的に勉強会を開催したり、情報交換の意味も含めてやってますね。泡盛業界もやっていただきたいところですね。
井上:もう少し、造り手が表に出て行ってもいいのかとも思います。“うちの酒はこんな想いで造っています”とか“うちのお酒はこんなですよ”とか造り手がプレゼンターになって。普段は営業が酒の説明をするのですが、造り手が出て行ってもおもしろいんじゃないかと。できればそういうのを1社だけでなく、何社か集まって、そういう活動をバックアップしてくれる業界の仕組みがあるといいですね。
小濱:清酒業界も10年ぐらい前まで苦戦していたじゃないですか。あのころも、清酒ファンが多い居酒屋で「今日は○○蔵の杜氏さんをお呼びしました!」のような杜氏を囲む会をやっていたんですよ。私も個人的によく参加していましたけど、そういう造り手たちから話を聞くと色々と納得できてファンになるし、その会が終わってからもそこの酒を飲みたくなる。営業の方は営業の方ですごく頑張っていらっしゃるとは思うんですが、ある程度知識のある方は、造り手からの現場のリアルな情報に興奮するんですよね。酒マニアとしての立場からもぜひお願いしたいところです。でも、井上さんがおっしゃるとおり、1社ですべてやるというのは厳しいですよね。
井上:最初は数社でもいいと思うのですが、好評だったら広げていくとか、5社くらいの規模で、その5社を代えていくとか。
小濱:ぜひやってもらえたらいいですね。
井上:すべてのイベントを知っている訳ではないのですが、今やっているイベントは、多くの人がわーっと集まって、泡盛飲んで料理を食べて、お土産もらってわーっと帰るみたいな感じじゃないですか。やはりそこに、例えば5分ずつでも各社の商品説明や想いをアピールする時間があったり、会場でどれが美味しいか投票させたりとか、利き酒させたりとか、もっと泡盛に焦点を当てたイベントをやれるといいと思うんですよね。
小濱:たくさん集めてわーっと楽しむのもいいかもしれませんが、例えばこじんまりと2、30人くらいで、一つ一つの酒の解説を聞きながら飲んでもらうと、泡盛自体の思い出も深くなるんじゃないですか、最近ではそこからSNSで情報を発信、拡散してくれる個人も多いですし。そちらの方が印象も深くなり宣伝効果が高いのではないかと思うんですけど。
井上:もう少し突っ込んだ感じということですね。そういうアイディアを実行できるようなフラットな組織が業界にほしいですね。
小濱:それは現状としては酒造組合に求める感じですか?
井上:まぁ一応…、ほんとはそこがやらないといけないでしょうね。もし、できないのならやるから援助して下さいと言うことになりますかね。
小濱:任意団体にして、組合から少し寄付金をもらうという感じですかね。もしできないなら。
井上:それこそ泡盛新聞さんにお願いしてもいいと思います。ただ、やはりその時組合というか業界がきちんとバックアップしなければ、小さな仲間内だけの集まりになったり、変な圧力がかかったりしかねませんから。
小濱:私もそう思います。
井上:話は変わりますが、焼酎業界さんは外国の方が見学できる英語表記の蔵の一覧があると聞いたことがあるんですが、泡盛もそういうものが必要ではないですかね。
小濱:確かに様々な環境が整った方がいいですが、そもそも泡盛蔵は見学できるところが少ないですよね。見学できても土日不可の蔵が多いようで。
山本:土日見学できないのは大きいですね。
井上:確かに。
小濱:皆さんのお休みを不規則にして申し訳ないんですが、できることなら、交代勤務などで、土日のお客様も対応できるのが理想ですよね。英語のパンフレットについても、あることはあります。我々も、先日大型客船の乗客のみなさんに泡盛のPRとしてお配りしました。ただ、井上さんがおっしゃるように、どこの蔵に行けば見学できるとは書いてありませんね。
井上:“泡盛とは何か?”ということが書いてあるだけのパンフレットですよね。
小濱:そうです。
井上:せっかく外国からのお客様も増えているわけですから、もっとPRできるといいかと。
小濱:そうですね、外国からの観光客の皆様にパンフレットをお渡しできるチャンネルがあって、蔵でも受入れ体制があるとすごくいいと思います。
最後に、自分にとって理想の泡盛についてお聞きしたいのですが、山本さんにとって、理想の泡盛、こんな泡盛があったらいいな、という泡盛はどんな泡盛ですか?
山本:泡盛は大好きですし、香りを嗅ぐだけでも幸せと思うんですが、私としては飲んでいる席が楽しくなるお酒だったらすべてのお酒が尊敬の対象なので、今のところは理想の泡盛を具体的に思い描くことができないです。ただ、いつか私もみんなを楽しませる泡盛が造れればって…、恐れ多い話ですが。
小濱:すごく造りたそうですね。
山本:井上先輩みたいに色々試して造るのが、すごく面白そうだなってのは常々思ってます。就活している時から「あそこの酒造所は造り分けが出来るらしいよ…」って聞いて、それがすごくあこがれで…。学生時代も麹を造っていたので、この麹でお酒を醸して蒸留まで行ったらどうなるのか試してみたい…ってずっと思ってて…。
井上:蔵に戻ったら造ってみてよ。
小濱:社長に直訴していただいたらいいんじゃないでしょうか。その想いを。でも、今マイブレンドショップで実際にお客さんと直接向き合って話をしているという経験は、それはそれで造るときにも役に立つと思いますよ。あの時こう言われたから、こういうのが造れたらいいなというのがありますよね。そういう想いを持って、ぜひ、将来技術者になってもらえたら嬉しいです。
井上:技術者は造るだけなので、お客さんがどんなものを求めてるか、という情報はなかなか聞けない。
小濱:売る側、造る側が情報交換するのが理想ですが、現実的には売る側、造る側には溝があるメーカーさんが多いもので、その点、井上さんは造る側ですがPR側にも立っていただき、山本さんは売っている側ですが将来は造りの方にも入っていただき、お互いに両方できることを強味にしていただきたいですね。
山本:そうなっていきたいですね。
井上:恐らく造った人が一番売りやすいんじゃないかとも思います。
山本:でも、今の仕事でもまだまだ修行がたりなくて、理想の泡盛まではさらにまだ…。
先日も社内で女子ウケする泡盛を造ろうという話になって、私がブレンドしたら、社長は“美味しい”と飲んでくれんたんですけど、女性のお客様にアンケートとったら意外と人気じゃなかったという … 。
井上:そういうテストができるっていいんじゃない。
小濱:“造ったから飲みなさい”という姿勢では絶対無理ですから。やはりマーケティングは大切です。試行錯誤しながら得られた情報を井上さんに伝えて、次こういうのを造ってください、そしたら売ります、と。なんなら自分が蔵に入って造っちゃうぞ!くらいの勢いで。
井上:「これじゃだめなんだよ!」みたいに。
小濱:そうそう。私がやる!みたいに。
山本:いや、ちょっと、まあ、ええ。(〃゚д゚;)
小濱:井上さんはありませんか?色々今試行錯誤されてますが、理想といいますか、ゴールは見えていますか?
井上:味の理想は特にないんですが、造りそのものだともっと循環させた方がいいのではと。今、泡盛の原料米はタイから持ってきてますが、昔みたいに沖縄で米を作って、泡盛を造って、もろみかすを豚のえさにして、堆肥で土を肥やす。一昔前の話になりますが、造りとしてはそういうのが理想かなと思います。
小濱:循環型ですね。清酒の業界などは、造りのシーズンがあるので、わりとそういうのはあるんですよ。秋から冬に清酒を造って、春に田んぼに入って、空いている時間に造りの立場で営業にまわって、また秋になると造りに入る。その点泡盛は一年中造ってますから、全部の面倒を見るのは大変そうですね。井上さんの場合、さらに手造り蔵もやって、小学生にも教えて。
井上:でも、おもしろいかなと。あとは泡盛そのものについてですと、万人ウケする泡盛はないと思いますので、逆に色々なタイプの泡盛を造りたいと思っています。それも、飲んだら10人中10人AとBは明らかに違うと認識できるレベルで。
例えば、ウイスキーで言えばアイラモルトのような。アイラモルトと言えば、ウイスキー通ならすぐにイメージがわくような。すごく癖があるけど…という。ああいうものを造ってみたいですね。
小濱:アイラモルト的、インパクトのある泡盛を造ってみたいということですね。こういう泡盛もあっていいのではなか、というものを。
井上:泡盛にもわずかですがあるじゃないですか、銘柄を言えば味がイメージできるものが。
小濱:なるほど。それがアイラモルトと同じ位置づけかどうかは別にして、心に刻み込まれますからね。
井上:万人ウケしないかもしれませんが、10人いたら1人くらいこれでないとダメ!と言われるような、ハッキリと個性があるものをどんどん造っていきたいです。
それでも、そんな泡盛が10銘柄あれば、シェア100パーセントですよね。そういうのが理想です。
そして、特徴のある泡盛の造り分けが出来れば、こんどはそれをブレンドの世界に持って行って、AとBとCから全く新しいDという商品を造る、という感じで広げていけたらいいと思うんです。
小濱:アイラモルトはブレンデッドウイスキーのキーモルトになることも多いですね。個性が強いので好みは分かれると思いますが、私は個人的には好きです。銘柄は申し上げませんが、かなり強いのも好きですね。そのような、良い意味で個性が出た泡盛があると、ブレンドするときに非常に便利ですよね。将来のブレンダーがここにいますから。
山本:(^_^)v
井上:そういう人たちに提供できるような原酒を何種類か造りたいです。思った以上に麹や酵母を変えると味が変わるので、そういうのを確かめながら。
自分も入社したての時は、泡盛の造りがすごくシンプルなので、造り手ができることはあまりないのではないかとも思ったんですよ。芋焼酎だと麹に芋をかけるので麹の割合を変えるなどで味を変える選択肢もいろいろあるでしょうが、泡盛は麹100%のなので、手の加えようがないのではないかと。
でも、実際には麹100%のなので、逆に麹の出来が、ものすごくダイレクトに酒質に影響するんですね。麹の出来で全く味が変わってくるのでシンプルだけどすごく奥が深いんですよ。その辺りを突き詰めていけば、いろいろな味を造れる酒なんだなぁ、と思っています。あとは、蒸留もありますし。
小濱:麹を変えて、造り分けていくと。
井上:そうですね、誰かに飲んでもらって、“なんとなく…”ではなく、“全然違うね!”と言われるところまでは持って行きたいですね。飲んで違いが分からないようでは意味がないので。
小濱:まぁ、今の多くの泡盛はブラインドで識別させたら一般の人はなかなか識別できないと思うんですよ。それってやはり飲み物、嗜好品としては魅力が少ないですよね。この会社の泡盛はこういう特徴があるというのをはっきりPRできる商品を造っていただきたい。そうすれば胸を張って、自信を持ってアピールできるじゃないですか。
山本:“忠孝はこうなんですよ”みたいな。だから飲みたいと思ってもらえる。私はかなり違うと思っているんですけど、“全部同じ”と言う人もいます…。
小濱:初めて飲む方や、飲み慣れてない方にも“違うね”と言われるような商品をぜひ引き続き研究していただき、極めていただきたいですね。
井上:そこまでいければ本望ですが、まだまだ趣味の世界なのかもしれません。
小濱:趣味が転じて高いレベルの造り分けができるようになればすばらしいではないですか、そのころ山本さんは造りもやって、ブレンド技術も磨いて、忠孝のブレンダーとしてイベント等でも活躍していただければ。
山本:頑張ります!
小濱:今日は、お二人ともお忙しい中ありがとうございました。
井上・山本:こちらこそ、ありがとうございます。