今のヤングは皆大学生 泡盛の世界では基礎がない【2008年1月掲載】

   

今のヤングは皆大学生 泡盛の世界では基礎がない【前号の続き】
上原「『心しち飲みば薬やらやしが あまた飲む酒や 毒どぅなゆる(酒は気をつけて飲めば薬にもなるが、度が過ぎれば毒になる)』という歌がありますが、酒は薬ですか、毒ですか?」
仲村「両方ですね」
上原「この即答がまた素晴らしい(笑い)。この歌だって『薬やらやしが』にしてあるところがいいと思うんですがね。泡盛そのものは何もしないんですよね。これをどう飲むか、人間が薬にしたり毒にしたりするんでしょうな」
(中略)
上原「仲村さんはこの度、沖縄県酒造組合連合会から泡盛大賞を受賞なさっているんですね。賞金はいくらあったんですかと、それはこっち置いといて。泡盛の魅力を伝え続けた功績が認知されて賞をいただいたということなんですが、この新聞は今何部ぐらい出していますか?」
仲村「五千部ですね」
上原「これは月刊ですか?」
仲村「これは、あの……『気持ち刊』ですな」
上原「『気持ち刊』(笑い)。月にニ回出すこともあるし,たくさん出す場合もあるし……
仲村「場合によっては出さない時もあるし(笑い)」
上原「仲村さんは人生の達人だなあ(笑い)。なるほど、これはいいなあ。ご自身ではどうなんですか?ずっと泡盛を飲み続けている?」
仲村「そうですね、一世紀いや半世紀じゃないな、半世紀はとっくに過ぎていますね。何せ僕らが小学校時代に敗戦ですから、タリジャキ(垂れ酒?)といいまして、今でいうヤミ酒です」
上原「うちの親父も作っていましたよ。軍のメスホールからくる果物とかいろんなものを使って、自分でらせん状の蒸溜器みたいなものを作ってですな、製材所から木カスをもらってきてドラム缶に詰めて、真ん中に棒入れて穴を作って下から燃やしてといフようなことをやっておりましたですよ」
仲村「アメリカーのドラム缶を半分にぶった切って、あれをボイラー代わりにしてシンメー鍋を上に乗っけてもろみを入れて蓋をして
上原「話しは変わりますが仲村さん、この間旅行で大分に行ったんですよ。九重高原あたりを回ったんですが、お土産品店に入ると琉球泡盛というコーナーがありまして、そこにあるブランドというか、銘柄は初めて見るものが多かったんですよ。酒造所を見るとおなじみの酒造所なんですね。観光用のお土産として出ているものあるんですね」
仲村「近年はそういうのがしたたかに増えまして、僕自身もあれ?と思うようなラベルが増えましてね」
上原「メーカーも県内用、県外用と分けて考えているんですね。しかし泡盛がこんなにも全国的・世界的になるとは、神の声を聞くまでは想像もつかなかったでしょう」
仲村「僕は、近年の琉球泡盛はスマートになりすぎたと思っている。個性的な泡盛がね、少なくなってきた。今の20代、30代、40代まで含めてあんたもそうですよ」
上原「あ、はい」
仲村「いきなりね、大学生に入学したような人種だと。つまり僕らみたいな、幼稚園もなくて小学校を2カ年も学ばされたような人間が、小学校、中学校、尋常高等小学校まで卒業して、ようやっと戦前の中学とか、その上の大学とかに行くんですね。しかし今の皆さんはいきなり大学生です。泡盛に関する限りですよ」
上原「泡盛に関して言えばですね。基礎がなっていない」
仲村「そうですね。味も程ほどにして、食ってるのか飲んでるのかわからないヤングが多いですね(笑い)」
上原「ヤングときたか(笑い)。やっぱり嗜むということでは基礎が必要なんですな。人間が成長していくにはね」
仲村「私はそう思いますよ。異論もありましょう。酒の世界ですからね」
上原「そういうことですよね。これはもうナーメーメー(人それぞれ)ですからね」

【2008年2月号掲載に続く】
2008年1月号掲載

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