若き日の思い出といえば、まだこんなのがある。今は酒がよくなったせいか、あまり変った酒癖のもち主はみかけなくなったが、昔は筆者のまわりだけでもずいぶんいろんなクセをもった連中がいた。
農連市場前の屋台店がまだ健在の頃、当時の職場の同僚のなかに酔っぱらうと決まってそこらの店の吊り看板をかついで歩く男がいた。ところが、ある晩、この男が例によって真夜中に1メートルぐらいのカンバンを担いで歩いているところをパトロール中の警官に見つかってしまった。
これで2人ともとうとうブタ箱入りかと思い、側でガタガタ震えながら見ていると、なんとこの男、警官に向かって「明日からマチャ小(ぐわぁ)をはじめるので看板を書かしてきたら、帰りにこいつにぶつかって、1杯のつもりで飲んだのが、ついこんなに遅くなってしまった」なんて、ヌケヌケと言い逃れている。
警官だってまさかそんな酒癖があるなぞとはユメにも思っていないから、あっさりこの男の口車にのせられてしまって結局は無罪放免となったが、もし名前でも聞かれていたらどうなっていただろうと思うと、今でも冷汗がでてくる。
もう1人傑作なのがいて、この男の場合、酔っ払うと、自分の靴を露店の品物を並べる台の上にのせて仁義を切るといったトテツもない癖の持ち主であった。これなど、天気の良い日いいが、雨降りなんかに泥だらけの靴に中腰の手をさしのべて「手前生国と発しますところ、関東です」なんてやっている図はなんとも異様な風景であった。ところがそれも今だから言えることで、その頃は見ているこっちだって、ずいぶんいい加減なものであった。
【酒は百楽の長 vol.7 ケンカの割り勘 に続く】