蔑視ではない「シマー」~「愛称」と理解している~

   

何回でも書くが、昔は琉球泡盛の呼称を「シマーグヮー」と言っていた。これをウチナンチュウは自県産酒をawamori_yomoyama_95_not-neglect_shima-pet-name蔑視して飲まなかった云々と敗戦後このかたの文献には書いている。これは読者や業界及び関係者も総てそのような見方をし又、そのように表現し現在に至っているのが事実である。

しかし私はストレートにはそのようには解釈していない。いや正しいとは理解していない。何故ならば、そのように言われてきた背景についての説得しうるだけの説明が皆無だからだ。

1946年、つまり敗戦直後から長い年月の間、琉球泡盛の主原料はどういった物質であったのか。そして其れ等で醸される蒸留酒泡盛は質的にどんな物であり、どういった臭いがし、どんな味であったのかを今の読者や老若男女は全くと言っていい位知らない。

片や米軍と共にやって来たカナダやイギリスからの輸入ウイスキーがカッポしている最盛期の我が沖縄である。クセが無くスマートな味のこれ等ウイスキーはウチナンチューにとっては天からの恵みにも等しい存在であった。

うまいウイスキーに飛び付くのは至極当然な話である。いっぽう、我が琉球泡盛は原料が雑で、造りが未熟であってみれば嗜好品として、それも口から入る物としては文字通り鼻もちならない不味さであった。

昔はよく「サキヌマナ(酒飲もうや)」というと相手は「シマーグヮーナー(島産酒
かよう)」といったものである。これは一種卑下した表現とも言われているが、沖縄人は得てして語尾に「グヮー」をつける習性がある。

例えば「イナググヮー(女性)」、「チキジグヮー(マッチ)」 、「ウアーグヮー(豚)」、「ヒージャーグヮー(山羊)」、「ウシグヮー(牛)」、「ウマグヮー(馬)」、「卜ゥイグヮー(鶏)」、「タウチーグヮー(闘鶏)」、「イングヮー(犬)」等の類いである。

つまり「シマーグヮー」とは卑下した表現であると同時に沖縄的な愛称でもある、と私は考えている。ちなみに現在の若い男女が交わす言葉にこういう。「シマー飲ムミ」と。これ等は確かに考えさせられる言葉である。

下表は「沖縄県酒造協同組合創立初年記念誌掲載の復帰後の泡盛の県外移出量の推移」である。「左側の表を見ると、隔世の感ひしひしといったところである」

本土復帰の泡盛の県外移出量の推移(kl.30度換算、暦年)

製造高 県外移出量
1972年(昭和47年) 282
1973年(昭和48年) 196
1974年(昭和49年) 7,615 160
1975年(昭和50年) 8,494 265
1976年(昭和51年) 8,472 215
1977年(昭和52年) 9,238 466
1978年(昭和53年) 11,495 377
1979年(昭和54年) 11,461 321
1980年(昭和55年) 10,203 376
1981年(昭和56年) 10,536 399
1982年(昭和57年) 10,699 482
1983年(昭和58年) 11,643 562
1984年(昭和59年) 13,298 677
1985年(昭和60年) 15,209 677
1986年(昭和61年) 15,665 599
1987年(昭和62年) 15,635 599
1988年(昭和63年) 14,009 586
1989年(平成元年) 15,194 542
1990年(平成2年) 14,082 506
1991年(平成3年) 13,289 557
1992年(平成4年) 15,064 607
1993年(平成5年) 15,066 797
1994年(平成6年) 16,934 799
1995年(平成7年) 18,671 881
1996年(平成8年) 18,887 996
1997年(平成9年) 21,206 1,158
1998年(平成10年) 19,604 1,247
1999年(平成11年) 20,278 1,471
2000年(平成12年) 21,047 1,860
2001年(平成13年) 22,196 2,371
2002年(平成14年) 25,260 2,952
2003年(平成15年) 25,243 4,435
2004年(平成16年) 30,127 6,247
2005年(平成17年) 30,470 5,586

<資料>
「泡盛速報」沖縄県酒造組合連合会
(1972年、1973年は「昭和51年泡盛産地診断」県中小企業総合指導書 4~12月より)

2007年1月号掲載

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