泡盛メーカーか時代の流れにのって機械を導入することは大変結構なことで、これで近代化への第一歩を踏み入れることは喜ばしいかぎりである。洋酒関係が24時間ブラウン管を通して製法をPRし、いかに衛生的で人生にプラスするかを訴えている時代だから、原始時代の小屋ではPR効果がない。
生まれた時期から衛生を重んじるよう教育されて育った若い人達には全て精神的に清浄野菜化された物の考え方があって、それがいかに「くち」に甘くても現場をみてキライになる傾向がある。
現代の製品はすべてエプロン姿のオバサン達のイメージでなければ満足しない。その証拠にみえない殿のウラでつくるゴチソウよりも目の前でつくるナントカサンドウィッチ店のマーミナーチャンプルーを好んで食べる。理由は「衛生的だから」と云う。
こうして時代が流れる現在、沖縄の泡盛メーカーも方々で機械化されている。部分的に始まってやがて全体になる。外観も内部もスマートになり、若い人達がほんとに民族の酒として受領するようになると、まだなにをか云わんや。それは拾何年か前、泡盛の収集をしていた頃、とくに強く感じた。あれ以来メーカーの工場ヘ行ったことがないが、まだ当時の姿が多いのではないかと思っている。
ところで今日は正月だから誰にも文句を云うてはならない。小さい頃、両親から「正月は決して怒ってはならない」と教えられたから。正月らしい愉快な話をしたい。
あの頃、買物袋を持って帰っても子供達は喜ばなかった。毎日おそい晩であった。自分にはそれなりに胸をときめかして帰ったものだが、中味は子供達の興味ある甘い菓子ではなく、おとなのカライ酒だったから、「エーマタサケカ」と云って相手にしない。ときにはお祝いのケーキを袋に入れて帰るとこれも酒とおもっているから開けようとしない。淋しい時もあった。
こうして集めた酒がレッテルのマズサからイロアセテ昔の面影が消えてヤナカーギーになっているのは残念である。1本1本に面白いエピソードがあるが、今日はそれを省いて正月らしい酒を飲もう。
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