泡盛の歴史を知る上で必読の書「沖縄戦と琉球泡盛~百年古酒の誓い~」上野敏彦著(文:泡盛新聞編集長)
今から20年以上も前の話。600年の歴史を誇る琉球泡盛に興味を持ち、観光客気分で泡盛蔵を巡り始めると、すぐに妙な違和感を覚えました。
当時も今も変わらず目にするキャッチコピーは「琉球王朝時代より600年の歴史を誇る伝統の酒」。しかしながら、600年どころか100年前の泡盛の面影にすら、まったくたどり着かないのです。
聞くところによると、沖縄の旧家には200年物や300年物の接待用の古酒(くーす)があったらしく、ならば蔵を巡れば当然それよりも年代物の古酒を拝めるのではないか?ガイドブックには載っていないけど、探せばどこかに400年前や500年前の蒸留所跡地があるにちがいない。
今では、大変せん越ながら、泡盛の歴史などを語らせていただいている私ですが、当時は全く知らなかったのです。泡盛の歴史は一度終わっていることを。
泡盛の歴史を説明するとき、始めにお話するのは「泡盛の歴史は、琉球王朝時代から太平洋戦争までの”第一次泡盛創成期”と本土復帰から現在までの”第二次泡盛創成期”の二つに分けなければ理解できません」という泡盛の歴史が持つ不連続性です。「琉球泡盛600年の歴史と言いますが、正確には500年と50年なのです」。
おそらく、多くの方が今でも触れがちなのは、琉球王朝時代、泡盛が海外の要人をもてなすために使われていたり、幕府や貴族への献上品として重宝されていた歴史、すなわち第一次泡盛創世記の物語ではないでしょうか。もちろん、それら泡盛がアジアを代表する蒸留酒として輝いていた時代の話も心踊るものがあります。
しかし、あえて申し上げたいのは、沖縄戦で地形が変わるほどの鉄の暴風にさらされ、工場も人も年代物の古酒もすべてをなくし、原料の調達もままならず、加えて米政府の施策の中で大量の洋酒が押し寄せ、やがて貧乏人の酒、下衆の酒とまでさげすまれるに至った泡盛。それをなんとか現状まで復帰させた、第二次泡盛創成期も、決して第一次泡盛創成期に劣らない、語るに値する歴史であると。
そこには、想像を絶する蔵人、飲み手、行政官の意地と努力の物語があります。
本書「沖縄戦と琉球泡盛」は、私の知る限り、世界に3本しか残されていない100年ものの古酒を開封する場面から始まります。それは戦前に本土にわたり、奇跡的に戦禍を逃れ残されたもので、その希少性、歴史的な価値を知る者により保護され、沖縄の関係者へ届けられたものでした。
沖縄で、その戦前の泡盛を最初に口にしたのが、琉球泡盛復興運動の旗頭の一人、故土屋實幸でした。
本書では、当間重剛、高良一、玉那覇有義、宮里武秀、佐久本政良、平良清、仲村征幸をはじめとする第二次泡盛創世記を彩る、様々な人物、物語が登場します。しかも、徹底的な聞き取り取材で掘り起こした、貴重な証言で満ち溢れています。
加えて先の沖縄戦のさ中、軍隊は、行政は、人々は何を考え、どう行動したのか、まるで自分がその場にいるかのような臨場感で伝えます。
一行一行に圧倒的な重みを持つ、重厚な内容ではありますが、本書は、第二次泡盛創成期がどのように始まったか、すなわち泡盛の歴史を正確に知るうえで、現状として唯一無二、かつ必読の書であることを、ここに明言させていただきます。
泡盛新聞編集長 河口哲也
『沖縄戦と琉球泡盛 百年古酒の誓い』
上野 敏彦(著)
発行:明石書店
四六判:328ページ
価格:2750円(税込み)
発行日:2022年7月15日
ISBN:978-4-7503-5429-3
沖縄戦と琉球泡盛(目次)
序章 歴史的瞬間に立ち会う
カウンター下に隠す酒
酒と女におぼれた教師
永遠のクース島に
第一章 壮絶な地上戦を生きのびて
中国と平和友好
格式高い辻遊郭
鉄血勤皇隊の少年たち
仏のような上官
軍首脳最後の酒宴
古酒を愛した男爵
琉球いろは歌
第二章 首里人の誇り
甦る黒麹菌
なんのための闘いか
戦前の美酒復活
百五十年酒は家宝
古酒といえば瑞穂
古典的手法を今に伝え
第三章 クースの番人
市場出身の知事
沖縄全土の酒ぞろえ
百種の料理を出す酒場
社会の底辺から支える力
蟷螂之斧
二代目征幸あずかり
島酒復権は燎原の炎
第四章 竜宮通りの赤提灯
威風堂々の酒房
うりずんvs小桜
マラソン好きの主人
泡なし酵母の発見
哀愁の桜坂
第五章 県民斯く戦えり
サミットは返礼
赤瓦の酒蔵
甘くて辛い酒
酒造りの設計図
父と子の葛藤
己の信じる道をつき進む
第六章 平和を守る闘い
鉄血隊員の戦後
人生をとり戻す
オール沖縄を強調
泡盛居酒屋は今
古酒を庶民の酒に
新たな草の根運動
あとがき
沖縄と泡盛の歴史年表・琉球
参考引用文献
酒造所一覧