慕わしき“我が家”があった~ワンルーとクンケーシー~

   

県都那覇市にまたひとつ新名所が増えた。場所は首里金城町二の一(寒川から金城ダムに向かって行くとダムの手前左側の石畳道入り口。)awamori_yomoyama_58_ishidatami-zuisei-kan_wanru_kunkeshi店の名前が「石畳瑞盛館(いしだたみずいせいかん)・山城瑞成代表者」。

食事と民俗資料館・泡盛資料館が売りだが、内容が充実していて来客に満足感を与えている。守礼の門を型取った入り口を入るとすぐ右側に食事処がある。勿論メニューはランチと琉球料理。

入り口真向いのアーチ型門がまえはみんな昔の石うすで築かれている。一体、今時こんなに多くの石うすをどう集めてきたのであろうか、先ずビックリ。これをくぐると右側の棟が一、二階とも酒器がずらりと陳列されているが、その種類や量たるや私がこれまで取材してき中では群を抜いている。

大物クラスでは、ウキ南蛮、鉄南蛮、シャム南蛮、薩摩酒壺、ルソン南蛮、古我地焼き、バナリ焼き、ハジキ焼き、サツマハンドー、馬樽等々が並ぶが、中には銭カメという変わった壺もある。これは昔おカネを蓄えた容器だそうな。

チョコやカラカラー、カンビングヮー等が整然と並ぶコーナーには黒田焼き急須、三島手チューカー、渡名喜瓶、対瓶(19世紀)、一合マス、鬼の腕(うにぬてい)、三彩カラカラー等がそれこそ無数に陳列されているから、一日中見ていても飽きない。

一番奥の南西側にはVIPルームの佇まいのある和室がある。この真下には水が流れていて、透明ガラスから魚の遊泳が見られるような設計になっている。つまり琉球料理を食べながらクースが酌める趣向だ。

実はこの家敷、昔は泡盛製造場だったそうで、下を流れる水は「クンケーシー」といって、泡盛を蒸留する時の冷却水用の井戸であったという。今も昔と変わらず上からの豊富な湧き水がこの井戸に流れ込むようになっているそうだ。

その東にあるのが「ワンルー」といって、ここの湧き水は泡盛の仕込み用と割り水用として重宝されたもので、この2つの井戸は泡盛製造業者にとっては、それこそ”命の水”の存在だったのである。この掘込み井戸のワンルーとクンケーシーも、今では形になって残って見られるのはここだけである。

この2つは、それこそ貴重な存在で、那覇市どころか県や国の重要文化財として指定、いにしえの泡盛製造に一番貢献した歴史の証しとして保存し、広く県内外の人々に紹介して欲しい、と私は考えている。

去る8月8日に全棟が完成してオープンした「石畳瑞盛館」は早々に観光客や県民に親しまれている。首里崎山から金城の石畳道をぶらり下って行くと、その終点右側に位置するが、寒川側から石畳道を上って行くと始点になる。

昔、沖縄には「カーサバーべんとう」というのがあった。べんとう箱が買えない庶民は、芭蕉の葉ッパの先端をちぎって火にあぶり、それにご飯を包んで持ち歩いたものである。ここの食事処では、今も昔のように、ご飯はカーサバーに包んで出してくれる。その香ばしい匂いは昔日の郷愁(きょうしゅう)をさそい、食欲をかり立てる。

夕暮れ時になると、ここら一帯はナハトは思えないほど静になる。クンケーシーやワンルーを見、泡盛資料館に足を運んだ後は畳の間でのんびりとくつろぎながら、クースを味わい、琉球料理に舌つづみを打つ。

こんな安上がりなゼイタクはそうないと思う。午前11時から午後4時までがランチタイムで、午後6時から午後10時までが琉球料理タイム(予約制)となっている。資料館の見学は午前9時から午後6時までとなっている。

古都首里、石畳の回廊
馥郁たる古の香りに誘
われふと足を止める

そこには慕わしき“我が家”があった。

~同館のパンフより~

※馥郁(ふくいく)とはよいにおいのするさまを指す。

2003年10月号掲載

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