アーカイブ:2000年

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    酒はサケで通れぬ伴侶~幾くかたみ飲だが今ぬえだに~

    〝憶良らはいまはまからん子泣くらん そのかの母もわを待つらんぞ″確かそのようにおぼえているのであるが…。ご存じ万葉歌人の山上憶良が詠じた歌である。遠い昔、我が名護高校の国語の教師だった下門龍栄先生に教わったのであるが、こ…
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    ゴーヤジュースで全快~飲み屋のカウンターに寝る~

    我が愛すべきA先輩の酒の上での失敗談である。小さいながら建築請負業を営んでいた先輩は酒を飲む機会が多かった。次のことは直接ご本人から聞いた実話である。今でこそ跡形もなく想像もできないであろうが、真喜比から安里に下ると高架…
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    祝儀1ドルで友の結婚式へ~泡盛で泥酔新婚夫婦の間に寝る~

    さて、前号はあまり文章が硬すぎるとの読者からの指摘を受けたので、ここら辺で話をぐーんと落として酒飲みの失敗談を披露したい。余所さまの事を書く前に先ずは私自身を斬ってみよう。わが貧乏新聞社は沖縄ヘラルド新聞で創刊、沖縄朝日…
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    水筒入り泡盛で泥酔~泡盛1杯で永山大佐殿と分れ~

    私が初めて泡盛を飲んだのが14歳だった、と前号で書いた。タバコを吸い始めたのもその頃であった。当時、アメリカ兵の一線部隊が引き揚げた跡のゴミ捨て場には、いろんな缶詰やら石けん類が埋まっていた。われら悪童仲間は鍬(くわ)で…
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    大正12年奄美で泡盛造る~大島では泡盛をセエと呼ぶ~

    醸界飲料新聞18~20号からの抜粋記事ここに明治32年~明治41年までの10年間の琉球泡盛の島内需要高記録がある。これはペンネームいしがきたすく氏が明治42年2月14日付琉球新報から引用したもので、昭和47年9月5日付小…
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    唐芋やソテツでも造ったびん詰めは識名酒造が最初

    琉球泡盛の変遷の一端を記しておきたい。 敗戦直後は多くの家庭で自家製の酒を醸していた。本部町字具志堅の新島のわが家でも造っていた。アメリカ軍のドラム缶を半分に打っ手切ったのがいわゆる〝蒸留機″だった。 原料は唐芋…
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    多くの泡盛の知識に感謝 ~菅間先生ありがとうございます~

    菅間誠之助という偉い人物がいた。過去形を使ったのはこの人が黄泉に旅立たれたからである。 出合いは今から29年も前だから沖縄がヤマトに復帰する2年前である。琉球泡盛の技術指導で来沖の時、那覇市の前島にあった南国ホテル…
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    逆湯で飲んではいけないよ ~泡盛を1杯飲んで“突撃取材”~ 

    琉球泡盛も去る大戦では1大被害者である。首里の酒屋(造り酒屋のことを沖縄ではそう呼んでいる)などにあった酒は、大戦時の〝友軍″や防衛隊、民間人などによって〝盗み酒″されたり、アメリカーの爆撃によって壊滅している。 …
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    女房と2人で30数万円の旅 ~漢那憲副さんとズボン間違う~

    私が「泡盛の元祖探究の旅」の第1歩をタイ王国に決めたのは、琉球歴史の大家・東恩納寛惇氏の著書『黎明期の海外交通史』の中の「泡盛雑考」の一文に触発されたからであった。その中で氏は小見出しで「泡盛はシャム酒なり」とあり「…
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    高度1万メートルで泡盛飲む ~謝花良政さん一晩中寝ず~

    当時のタイ国行きは那覇国際空港からパンナム航空で台北へ、キャセイ航空で香港に乗り継ぎそして日本航空でバンコクへ着くコースであった。香港を飛び立って約1時間後、高度1万メートル、時速950kmの機内アナウンスが流れた。…
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