今年(令和3年)4月に、我々泡盛ファンの心にシュワッと響く一冊の小説が上梓された。
真っ青な海を望み、佇む白シャツの男性のイラストが表紙。その上に大きく書かれた「炭酸ボーイ」というゴチック文字が、この小説のタイトルだ。
著者は吉村喜彦さん。大阪府出身、前職はサントリーの宣伝マンという経歴を持つ。
氏の著作の中には、沖縄の人・文化歴史を丁寧に取材して書かれた「オキナワ海人日和」「食べる、飲む、聞く 沖縄美味の島」といったノンフィクション、「バー堂島」シリーズや「ウイスキー・ボーイ」といったお酒をテーマにした小説などがあるが、意外にも沖縄が舞台の小説は今作が初めて。
「炭酸ボーイ」の舞台は沖縄・宮古島の最北端の集落。杜氏を失い酒造りができなくなった泡盛酒造所に突如湧き出した天然炭酸水を巡り、地元住民から日本の中枢権力までをも巻き込む騒動が繰り広げられる。
登場する集落名や酒造所名は架空だが、泡盛好きならモデルになったであろう酒造所が容易に想像でき、それが物語の世界にリアルな色づけをしてくれる。
また、誰もが顔を思い浮かべてしまうであろう、現実社会と淡くリンクしたキャラクターが登場するのもこのお話の魅力。その中心にいる主人公・水神涼太は、まるで吉村さんの分身のような存在だ。
二人には、多くの共通点がある。大阪生まれ。大手飲料メーカー出身のモノ書き。そして酒を介して「水」の大切さを知り、そこから沖縄の自然・歴史・文化にまで理解を深め心を寄せていく。
著者の吉村さんは泡盛マイスターの称号ももつ。しかも第1号取得者で、その縁から創設期のマイスター協会では理事を務めたほどの人物だ。
また、仲村征幸さん、土屋實幸さん、長嶺哲成さん、仲村清司さんといった泡盛界のレジェンド達とも深い交流があるという。まさに泡盛の復興・発展の真ん中にいらっしゃった方だ。
「ウイスキーという専門分野から、同じ蒸留酒の泡盛に興味がたどり着いた」インタビューに応じてくださった吉村さんは、そう話してくれた。
もともと沖縄へは、音楽から入った。唄者の古謝美佐子さんや嘉手苅林昌さんとは親しく交流があり、生前の林昌さんとは「飲んでる席でよく耳を齧られた」ほどの仲だったとか。
「美味い酒は、面白い人と飲むとより美味い。」というのが吉村さんのお酒観。必然的に、面白い人と美味い酒の両方が揃う沖縄に魅了されることとなる。
2017年から18年にかけて、雑誌の企画で宮古島の唄と伝統行事を取材した際に、たまたま地元の人から廃業した酒造所のことを聞き、小説の舞台に選んだ。泡盛は自身の得意分野。沖縄を舞台に小説を書くときには、泡盛を絡めたいと思っていた。
「宮古島は水に特徴がある。井戸もたくさんある。そのせいか宮古島の泡盛はことごとく美味しい。バーボンやスコッチなどもそうだが、産地の水の特性が現れるのが酒。水とお酒には密接な関係がある。」
主人公・水神涼太同様に、宮古島の酒と水に魅了された吉村さん。「出身地の大阪と沖縄には類似性を感じる。もはや自分にとって沖縄は特別なところ。そして沖縄について考えるとき、頭の中には必ず“泡盛”がある。」と語る。
小説「炭酸ボーイ」は、クライマックスに向かって今の日本にある理不尽さや歪さを斬っていく感覚がとても小気味良く、爽快だ。この原稿を書き終えたら、今度は泡盛のソーダ割りを片手にもう一度読み返してみようと思う。酒と本、両方から爽快感が得られること間違い無しだ。
作家・吉村喜彦のホームページ:http://www.monkeyhouse.co.jp/
炭酸ボーイ(Amazon):https://www.amazon.co.jp/gp/product/B0923H354Z/
(文:岡山進矢東京支部長)