沖縄でチュワカサー、タワカサーと昔からよく表現されているが、私はこれまでこの語意に確たる自信はなかった。チュワカシ、タワカシとは1沸、2沸であろうことまでは知っていた。しかし、どうしてそう言っているのか識者に何度か聞いたことがあったが、ずばりこうだという答えは得られなかった。
川越政則さんの著書『焼酎文化系譜』を最近読み返してみたらそこに答えはあった。つまり「1沸というのは1鍋の醪(もろみ)を蒸留すると1回に1升の酒が取れるからである」。タワカシは2升取れるからであったろう。昔の蒸留機はオモチャみたいに小さな器だったのであろう。
去る大戦時から敗戦後しばらくの間の沖縄はどこもそうであったと思うが、ニービチ(結婚式)は佛前で行われ男性の家で披露宴が行われていた。その祝いの酒にどこそこの家からチュワカシのサキの寄贈があったそうだ、とささやきあっていたものである。これなどはウェーキンチュ(金持ち)クラスであった。サーと長く引っぱると素焼きの1升壷、2升壷のことになる。
更に川越さんの文章は
「穀物用の5合桝をチーガというのもチーガは束、すなわち1束の稲の実が5合になるからだ。ナナヌクヒンまたはナカジというのがある、7合徳利のこと。そのあとはイツヌクヒン(5合徳利)、ミハウトウ(3合徳利)、イチゴウヌー(1合徳利)となる」
と詳しく述べている。
それで昔のことが思い出された。私の生まれ育ちはやんばる本部町字具志堅であるが、百姓で貧乏だった父は年に2回か3回位マチヤグヮー(商店)から5勺の泡盛を買わせ、それこそナメるように飲んでいたのであるが、大の男が5勺の泡盛で酔う筈はない。
しかし、父は酔った。いや酔ったふりをしていたと思う。もうこれ以上買う銭は無い。自分の愛用のサンシンを取り出して弾くのであった。最初は小声で歌い出すのであるが、そのうちだんだんと声が大きくなっていった。
端で聞くともなしに見ている母は
「また、グサークサキヌディ ニンゴーウイヒチュイサ(5勺の酒を飲んで2合酔いしているさー)」
とからかっていた。
父は若かりし頃はモーアシビーの頭だったようで、カチャーシーがうまかった。昔から酒泡盛とサンシンは夫婦みたいな存在である。
川越さんはその著書でこう述べている。
「もともと酒は米のような主食ではない、情緒食品なのである。沖縄の人たちの次元の高い合理性、たくましい神経がこの壷桝によく現れている。壷というものは、物を入れるだけではなく心も夢も蓄えるものなのである」
と。
沖縄の素焼きの壷がそうであるならば、泡盛の世界になくてはならないのがサンシンであろう。酒が入れば嬉しい座ではサンシンの出番であり、歌が入れば酒もピッチを上げる。
銀臼なかい
黄金軸たてて
ためしすりましゅる
雪の真米
(早作田節)
2002年6月号掲載