- Home
- 1972年 1月
アーカイブ:1972年 1月
-
新春酔虎談 新聞記者 徳田安周(昭和47年1月30日)
ナンミンの“除夜の鐘”で1971年の嫌なこと、悲しいこと、腹の立つことは全部洗い流して、1972年の子(ね)年の開運を祈るというのが庶民の繰り返す正月行事であろう。嘉津宇岳や多野岳へバスの貸し切りで日の出観光に行くのもよ… -
発明協会沖縄事務所 復帰後の混乱防止へ工業所有権の無料指導(昭和47年1月30日)
財団法人・日本発明協会(高吉友次理事長)は、沖縄の復帰に伴って適用される特許四法(特許、実用新案、商標、意匠)の説明と出願指導のため、昨年11月から那覇市久米町にある琉球商工会議所のジェトロ沖縄事務所の中に沖縄連絡事務所… -
瑞泉酒造が株式へ(昭和47年1月30日)
合資会社瑞泉酒造工場(佐久本政敦社長)では、かねて株式会社へ移行を準備中だったが、去る11月1日付で認可された。 これで新会社名は瑞泉酒造株式会社となった訳だが、これは復帰に備えて会社の充実強化と販売拡張が目的であり、… -
工業所有権4法 特許・商標・意匠・実用新案 特別措置で混乱防止 “通常使用権”を認める(昭和47年1月30日)
泡盛業界 運用面で不安 復帰後の沖縄に工業所有権4法(特許、実用新案、商標、意匠)が即時適用される予定だが、通産省はこのほど4法案を沖縄に適用するに当っての特別措置(法集の一部改正)要綱をまとめた。 それによると、 … -
【主張】主体性のない琉酒連(昭和47年1月30日)
1972年の幕開けである。27年間という4半世紀の長期に亘る異民族支配からの開放である。晴れて“親元”へ帰れる日であるが、沖縄にとっては前途多難な年である。先ずは復帰したことは喜ばしいことだ、とする人、反対する人と様々な… -
積極姿勢をもて 琉球政府通産業局長 喜久川宏(昭和47年1月30日)
1971年は、沖縄返還協定の批准、国際経済環境の激変など、沖縄経済の内外の環境が変化し、業界にとっては新時代に対応すべく企業基盤の強化に向って英知と努力を重ねられた年でありました。 1972年は、沖縄県民が永年待ち望ん… -
奮闘する國場議員に10分間インタビュー(昭和47年1月30日)
業界は慌ただしい中に復帰の年を迎えた。とりわけ輸入洋酒業界、県内洋酒業界、泡盛、ビール、味噌醤油業界は税率の急変、本土業界の浸透、景品付きセール等、頭をかかえる難問ばかりを背負わされて揺れ動いた。特に本土大手業界は政界に… -
これからの業界に是非「Miura Zボイラ」が必要!(昭和47年1月30日)
泡盛業界・クリーニング業界・繊維業界・ホテル旅館業界・ブロック業界・洋酒・清飲業界で活躍中!! 三浦工業KK総代理店・沖縄サイト(小野正信社長)は創立8年になるが、同社取扱のZボイラはすでに沖縄のあらゆる業界にその性能… -
5年先のビジョンをもて 琉球政府主税局長 屋部 博(昭和47年1月30日)
輝かしい祖国復帰の年、1972年のスタートにあたり、酒造業界の皆様のご健康とご隆昌を祈念するとともに、永かった米国支配からようやく解き放たれようとしている沖縄にとって、歴史に明記される意義深い年であり、琉球経済の順調な進… -
【提言】温かい措置に報いるために 瑞穂社長 玉那覇 有義(昭和47年1月30日)
琉球泡盛は琉球王朝時代から保護育成されて家内工業として成長してきておりますが、戦後は人口の増加に伴い消費も伸び、また企業合理化によって家内工業から企業化へ脱皮すべく、弊社では工場の改増築を計り、2万石の生産工場を完成させ…