壺とカーミの違いは?~「壺中天地」にも触れていない~

   

私が生まれ育った本部町字具志堅では、水瓶(甕)のことををパンルーヤーという。awamori_yomoyama_63_tsubo_kame_differentパンルーヤーといえば水がめ小屋のことで、殆んどの農家の台所のすぐ横にあった。なにやら中国語みたいな響きのある言葉だがその出所は私は知らない。

電気も水道もない時代のことだからずい分遠い昔の話である。ゆうに90リットルは入る口の広い陶器で、生活用水はすべてこれで足りた。他の市町村ではこれをカーミと呼んでいる。

そこで本題に入るのであるが、過日、或る泡盛メーカーから電話がかかってきた。「カーミ(瓶・甕)と壺の違いについて教えを乞いたい」というのであった。

私の職業柄、クースづくりの基本や、どの銘柄が一番うまいかとか、度数はどうですがというような電話は消費者からよくあるが、メーカー測から、しかもこういう「難題」をぶっつけられるのはそう多くはない。

長い年月の見聞で私なりの知織は持っているつもりだが、しかし即答はためらった。三度目の電話の応対のあとチブヤ(壺屋)に走った。壺屋陶器事業協同組合の顧問、小橋川秀義さんと理事長の島袋常栄さんに会って率直にうかがってみた。答えはこうであった。

「一斗五升以上三斗とか、とにかく大きいのをカーミという。壺とはそんなに大きくないもので、しかし形によっても違う」というお説である。詳しくは小紙(次号)に記したい。殆んど毎晩泡盛居酒屋で“悪友仲間たち”と何気なく交わし言葉「カーミ」と「壺」。

昔はミス(味噌)ガーミ、マース(塩)ガーミ、スーチキ(豚肉の塩漬け)ガーミ、アンダチブ(豚油壺)や稻(いね)、麦、粟、豆等穀物の種もみを保存するサニムン(種籾)ガーミ等、いろいろと生活の必需品としてあった。

ところで、広辞苑を引くと「壺」は口が細くつぼまり胴の丸くふくらんだ容器であり、甕(瓶)は液体を入れる底の深い陶器、御神酒入れて召す、花いけにする容器とある。夜な夜な私たちが泡盛文化に花咲かせる時、五合壺、一升壺、一斗壺、ニ斗壺であり、一石ガーミ、三石ガーミが一般的である。

が、待てよう。古人は「ミートゥンダ(バー)ヤカーミヌチビ ティーチ(夫婦は生涯仲良く一緒で、向こう逝っても甕の中まで一緒」と言っている。そんなに大きくもない「壺」カーミと表現しているのは一体どういう事なのか。

クースづくりの第一人者尚順男爵も、作家の山里永吉さんもその著「壺中天地」で力ーミとチブの違いには触れていない。東恩納寛惇さんの「泡盛雑考」も皆「壺」である。

前出の小橋川さんたちの話によると壺屋に各地の陶工たちが来たのは1682年で、今から322年前だそうだ。昔は生活のための品だった大きな水甕や泡盛のモロミ甕、クースガーミ等は壺屋の登り窯で生産されていたので、チブヤ(壺屋)という名称がつけられたのだという。それ故にひとつのムラが出来たわけだ。

たかが「甕」と「壺」、されどその名称のいわれは深い。しかし深ければこそ、その区別をはっきりと定義付けはできないものか。いや、そうすると味気なくなるか。私の名刺の肩書に「泡盛研究中家」と印刷されている。「研究家」にしなくてよかった。

いまひとつに南蛮焼き壺がある。タイ南蛮、ルソン南蛮、支那南蛮、壺屋南蛮とかとかいろいろとある。

この“南蛮”という表現については次号あたりに書いてみたい。ファー、ちょっとアタマが痛くなってきた…。今晩は牧志の「小桜」行って、いっぱい傾けてアタマを冷やしてくるか。これもまた泡盛党の口実こうじつ。

2004年4月号掲載

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