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アーカイブ:1970年
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琉酒連が復帰に備え要望~ぜひ実現させて欲しい~(昭和45年10月20日)
主税局では先に琉球酒造組合連合会(会長:佐久本政敦氏)に対し泡盛業界の全般的な対本土政府への具体的措置要請書を作成すべく、業界の要望書を早急にまとめて提出するよう求めていたが、琉球酒造組合連合会ではその要望書をまとめ、去… -
あわもりや物語 その5(昭和45年10月20日)
あわもりやも10年ぐらいの年季が入ると味が出てくるのか、様々な人間模様が生まれるし、店と客に微妙な関係が生まれる。関西の泡盛屋には、それぞれの屋号の元に系統化され、それぞれ首里の醸造元から移入されていた。神戸港から直接京… -
泡盛業界 本土輸出に意欲(昭和45年10月20日)
復帰まであと623日、沖縄の中小企業界は今、各々の企画目標をあわただしい中にも冷静に見極めつつ立てるのに懸命な努力を重ねているが、泡盛業界でも最近とくにその様相が現れつつあり、色々な思惑も絡んで、独自な販路を県外に求めつ… -
世界でも初のパインブランデー本格操業へ(昭和45年10月20日)
沖縄に於ける酒類業界に全く新しい分野の業種が誕生した。パインの残滓(ざんし)を利用して出来るブランデーである。パインからブランデーをつくるのは世界でも初めてだといわれ、業界の注目を集めているが、合理化が叫ばれている第一次… -
内政委員会余録~酒類消費税~(昭和45年7月30日)
いまだ立法院内政委員会(盛島明秀委員長・自民)では、酒類消費税の改正をめぐって島内の生産企業と輸入企業との間で3年ごしの“アルコール戦争”を展開、税率の据え置きだ、いや値下げだと陳情、参考意見陳述合戦に血道をあげている。… -
比嘉酒造(現まさひろ酒造)が蒸留機の一部改造(昭和45年7月30日)
泡盛まさひろでおなじみの比嘉酒造(現まさひろ酒造)では、去る宣月末蒸留機の一部を改造した。同酒造では、これまで製造工程に幾分の欠陥があることがわかり、その改良を急いでいたもので、これですべての欠陥がなくなったので、自信を… -
泡盛 復帰対策委懇談(昭和45年7月30日)
琉球酒造組合連合会(会長:佐久本政敦氏)では、先に本土復帰に際し、6項目からなる泡盛醸造界要望書、 (1)酒造免許の件 (2)酒税の件 (3)原料米の件 (4)泡盛の販売ルートの件 (5)商標ラベルの… -
“瑞穂酒造”遂に2万石工場完成!!(昭和45年7月30日)
琉球泡盛“古酒瑞穂”でお馴染みの沖縄酒類醸造株式会社(社長:玉那覇有義氏、現:瑞穂酒造株式会社)が、遂に生産能力、実に2万石という業界では勿論、戦前・戦後を通じて初めての大型工場を完成させた。わが沖縄では、琉球泡盛造りと… -
人物寸評② 稲嶺一郎氏(昭和45年7月30日)
“鯨は日本海や東支那海のようなちっぽけな内海では泳がず太平洋で遊水するものだ”これはは或る政治家が稲嶺一郎氏を評した言葉である。又或るジャーナリストは氏を評して“いぶし銀のような底光りのする男”と語っていたが、両者共ずば… -
あわもりや物語 その4(昭和45年7月30日)
戦争中のアルコール不足と砂糖不足は極端であった。「山寺の和尚さん」ではないが、「酒はのみたし、酒はなし」であった。貴重な配給券を手に、長い行列をして酒を買った思い出のある人々は案外多いのではなかろうか。防空壕の中で、食べ…