酒はサケで通れぬ伴侶~幾くかたみ飲だが今ぬえだに~

   

〝憶良らはいまはまからん子泣くらん そのかの母もわを待つらんぞ″

確かそのようにおぼえているのであるが…。awamori_yomoyama_24_manyousyu_awamori_monthご存じ万葉歌人の山上憶良が詠じた歌である。遠い昔、我が名護高校の国語の教師だった下門龍栄先生に教わったのであるが、この方は偉い国文学者であった。時として文学論を展開、われら少年に深い感銘を与えた恩師であった。過去形にしたのは先年亡くなったからである。

その歌意は、歌人仲間と酒を酌み交わした憶良が、

「僕はもうこれ以上飲めない、酔うた。それに家にいる子供が泣いているだろうし、その子の母親も僕の帰りを首を長くして待っている。」

 

という意味だということを初めて教えられ感動したのをおぼえている。

文学者や詩人にはえてして酒好きが多いものであるが、この先生も酒豪であった。しかし、酔っても決してくずれない方で卒業後も教え子達から敬愛されていた。私も青年時代酔うとよくこの万葉歌を口ずさんで賢者ぶったものであるが、愚者のサキジョーグーにはどだい無理だった。

わが青年時代は桜坂あたりではクリスマスイブにもなると、とんがり帽子をかぶって〝メリークリスマス″とか叫んで、にわかクリスチャンになってドンチャン騒ぎしたものである。気がついたら深夜であった。

トボトボと帰る道すがら雑貨店で靴型に入れてあるお菓子を買い、寝ている我が幼な子たちの枕元にそっと置いた父親であった。翌朝目覚めた子供たちはそれでもサンタさんが来たんだと大喜びだった。

しかし、そんなことも長続きはしなかった。泡盛を飲むカネはどうにか工面できたのであるが、そこまでは首が回らなかったのであろう。

そのうち、子供たちも小学校の5,6年生になり、そういう〝夢″にも関心がなくなっていった。このふがいな父親はホッとするやら情けないやらで胸を痛めたものだ。この号が出回るころは晩秋であろう。そして師匠が足早やにやってくる。

「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」

と芭蕉は詠んでいる。

12月は酒の月であるといってよい。私にとっては毎月が「泡盛の月」であるが、とにかく12月は泡盛を酌み交わす機会が多いのが一般的であろう。「節度ある飲み方」に留意したい。これは深く自戒を込めての自責の念願である。

私の亡き父はいつもこう言った。「征幸、サキーヤテイドローヤ」と。つまり、酒は程度を越すなよという意味である。しかしその愚息はこの父の訓戒の背く毎日である。凡人の凡人たるゆえんであろうか。はたまた酒がついて来てどうしても離さないのであるのか。

いずれにしても私にとって、酒はサケて通れない人生最愛の伴侶である。勿論、わが糟糠の妻がその上にあるのはいうまでもないことである。

年末号というのに何やらあまり訳のわからない結末になってしまったことを酒に免じてご容赦願いたい。

朝夕さん酒にうぶりやいうすが
幾かたみ飲だがなまぬえーだに
(読み人知らず)

2000年12月号掲載

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