本紙創刊2周年(昭和46年7月30日)

  • [公開・発行日] 1971/07/30
    [ 最終更新日 ] 2016/05/02
   

1971_7_30_this-newspaper-launched-the-second-anniversary宇余曲折をたどりながら、本紙が創刊2周年を迎えた。業界紙として沖縄では本紙が始めての試みであっただけに、創刊当初は業界の一部にも危倶の念をいだく方もいたが、今では斯界のよき羅針盤、よき忠告者となり得ていると自負するものである。

ご承知のように問題の多いこの業界は、内部同士のいがみ合いも又非常に盛んなところである。表面は協会だの、組合だの連合会があり、まとまっているようだが、いったん内部に足を踏み入れると、てんでバラバラと云った感じがしてならない。

こう云った現像は自由企業の体制下ではあたり前だと云えばそれまでの話だが、少なくとも協会、連合会と名のつく組織体がある以上、利害関係を極度に無視してまでとは云わないまでも、互いに協力すべきは協力し合い、常々或る業界が口癖のように云っている“和”“協調”を行動で示して貰いたいものである。

これまではコップの中でのケンカも許されてきているが、施政権が返えるとそうはいかなくなる。外敵にたち向かわなければならない。今、我が社は市場率何%とふんぞりかえって威張ってみたところで、沖縄内だけの問題であり、全国津々浦々までもシェアをもつ本土大手、中メーカーが資本にもの言わせて、あの手この手の宣伝に本腰を入れて来るとどうなるか、非常に心細い限りである。

ひとつの具体的例を示すと、モノは別だが、本土の或る洗剤メーカーが全琉をマタにかけて主婦を対象に片っぱしから撮影してテレビで流しているが、これは全琉の主婦の共同意識をくすぐり、近親感を抱かすには申し分のない材料であろう。特に嗜好品は媒体、ロコミによる影響は大と云われているだげに、今こそ、斯界は連帯感を共にかみしめ、1社たりとも復帰による落伍者が出ないよう心すべきである。

2周年を迎えて愚知だけかと云われると恐縮だが、その間、琉大の宮里先生、元記者の覆面子、当間重剛先生、酒マニヤの座間味宗徳、伊坂善郎の各氏、業界の方々のご協力、他、本紙に協賛される多くの方々のお蔭でここまできたことは云うまでもなく、改めて御礼を申しあげます。

今後は、これまであまり記事内容が固過ぎると云う消費者層のご指摘も謙虚に受けとめ、消費者の声も大いにとりあげていく覚悟であります。今後共、皆様方の絶大なご声援とご協力を賜わりますよう心からお願い申し上げます。創刊2周年を迎え、更に紙面の刷新に努力していく所存でございます。

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