“瑞穂酒造”遂に2万石工場完成!!(昭和45年7月30日)

  • [公開・発行日] 1970/07/30
    [ 最終更新日 ] 2016/01/16
   

1970_7_30_mizuho-syuzou_tenryu-gura_20-thousand-goku-factory-completed琉球泡盛“古酒瑞穂”でお馴染みの沖縄酒類醸造株式会社(社長:玉那覇有義氏、現:瑞穂酒造株式会社)が、遂に生産能力、実に2万石という業界では勿論、戦前・戦後を通じて初めての大型工場を完成させた。

わが沖縄では、琉球泡盛造りとしてはせいぜい2千石が限度とされ、それ以上、つまり5千石~1万石という規模は不可能とさえ云われていたが、2万石という数字は吾々消費者にとっては正に驚嘆する数字である。

瑞穂酒造ではかねてから琉球泡盛は長年貯蔵することによって品質は向上すると云う基本方針から、これまでの施設では到底復帰後の酒類業界で他酒類と太刀打ちできないとの観点から、諸施設の拡充を計画、本土政府援助資金(産業開発育成資金)の適応を受けるべく申請していた。

その後、琉球政府通産局予算部でも意欲的で合理化政策を積極的に推し進めるとして、スピード融資を決定、瑞穂酒造でも近代工場を目指して急ピッチで工事が進められ、去る6月30日に完工し、既に新工場で操業開始されている。

ちなみに新工場の施設は全自動連続蒸米機(能力:2,250kg/h=15石、22袋)、間接加熱蒸溜機1基(計2基となる)、在来地釜2基(計4基となる)や地上検定タンク設置(5万リットル、業界初)を新考案したところ等、合理化工場の筆頭にあげられよう。

もろみ仕込みタンク117本(15石入り)以上は新設されたもののみ、総工費19万ドル、工場敷地1,600坪、工場建坪延1千余坪、工期は4ヶ月で照正組が請負い、共電舎が電気工事、タンクは仲井間工業、内部設備は渋谷工業が各々請負い完成させたもの。

これで瑞穂酒造は文字通り全琉一の泡盛メーカーとなったわけだが、これによって生産コストは4割減内にもっていき、その余力で従業員の待遇改善や復帰対策として対本土向け宣伝費にあてると云う合理性を伴っている。

ところで瑞穂酒造の歴史は古く、創業が嘉永元年(酒づくりを始めてから123年になる)で、祖父玉那覇山戸が泡盛づくりを始め、父玉那覇三良に受け継がれ、現社長の有義氏は3代目となる。

父、三良が亡くなった時は、有義氏は8才で、以来県立第三中を卒業するまで母が親権者として工場を経営してきたと云うが、現在でも世界中で一番尊敬しているのは母だと語る氏は、一見豪骨で強引な商法は側でみるのと対話とではまるっきり人間が違うくらいである。

それは氏が戦時中(昭和18年)日本陸軍省からビルマ(現ミャンマー)のラングーンへ行って、泡盛をつくりなさいとの命令を受け、氏はどうせ兵隊で召集されても死ぬ身だから、自分の一生涯の仕事を他国でやって死ぬほうが天命だと考え、勇躍ビルマに渡って戦中泡盛づくりをさせられたと云う。

当時28才だったと云うが、事業として外国に行ったのは私が初めではないかと語っているが、そう云う経験と実績が新工場に十分活かされていると云えよう。設計から完工まですべて自分の思う通りみて来ているからである。

沖縄酒類醸造株式会社 社長玉那覇有義 御挨拶

弊社ではかねてより本土復帰対策の一環として工場合理化を推し進めておりましたが、幸いにも琉球政府のご高配により、産業開発育成資金の融資を受け、工場の全面増築及び内部の諸設備が充実強化され、此の度その完工を見ましたことは、偏(ひとえ)に消費者の皆様及び関係当局の温かいご声援、御協力の賜だと深く感謝いたしている次第でございます。

御承知の通り、琉球泡盛は長年貯蔵することによって、いわゆる“古酒”と云って他酒以上の品質と香りを発揮するのであり、私共瑞穂酒造では以前から実施して参ったのであり、それが全国酒類調味食品品評会におきまして連続金賞、1969年には酒造界の最高賞ダイヤモンド賞の受賞であり、消費者の皆様方が御理解下されて、御愛飲いただいている証でございます。

今度、2万石の新しい施設も整いましたので、更に私共瑞穂酒造では貯蔵能力も倍加され、島内向けは1年もの、本土輸出ものは3年以上にして、来年からは実施できるところまで態勢はととのい、皆様方に“より品質のよい高級酒”を提供できるようになりました。

新設工場の設備の一端は下記写真が示す通りでございますが、どうぞ首里においでの折りは末吉町まで一寸足を延ばして私共が本土にも誇り得る工場と自慢しております瑞穂工場をご見学下さいませ。

そして今後とも泡盛は“瑞穂”と御指定下さるよう宜しくお願い申し上げ、2万石工場完成の御挨拶に致します。

全自動連続蒸溜機(2,250kg/h、22袋、15石処理能力)、蒸された米はコンベアで2階のマジン(山盛)台に運ばれていく。

全自動連続蒸溜機(2,250kg/h、22袋、15石処理能力)、蒸された米はコンベアで2階のマジン(山盛)台に運ばれていく。

コンベアで運ばれてきた蒸米を冷台に移して麹菌を散布し、摂氏41度迄冷やして、山盛(マジン)をなし、約16時間後、麹室に入れられる。

コンベアで運ばれてきた蒸米を冷台に移して麹菌を散布し、摂氏41度迄冷やして、山盛(マジン)をなし、約16時間後、麹室に入れられる。

地上検定タンク。沖縄では初めての自動中継装置によって、地上タンクに酒は入れられる。

地上検定タンク。沖縄では初めての自動中継装置によって、地上タンクに酒は入れられる。

同社が誇る全琉一の貯蔵能力をもつ天龍蔵で、古酒瑞穂は長らく貯蔵され、品質の向上につとめる。

同社が誇る全琉一の貯蔵能力をもつ天龍蔵で、古酒瑞穂は長らく貯蔵され、品質の向上につとめる。


工場完成に対する祝辞

当間 重剛

1970_7_30_mizuho-syuzou_tenryu-gura_20-thousand-goku-factory-completed_congratulations_touma-jyugou絶えず云っておることなんだが、沖縄の“泡盛”はその品質において、又独特な風味は世界中でも沖縄以外にはない酒であり、これを長年貯蔵すれば他の銘酒も遠く及ばない高級酒になる。

その長年貯蔵は資金も食うし、それが出来るのは玉那覇君以外にはいないと思う。高級酒にして今後は本土へどんどん出して、沖縄経済発展に尽くして貰いたい。

高良 一

1970_7_30_mizuho-syuzou_tenryu-gura_20-thousand-goku-factory-completed_congratulations_takara-hajime沖縄の人間はよく味も知らないのに外国ものだと中味を問わず飛びつく者が多いが、沖縄にも世界に誇れる観光産業がたくさんあることを、今一度みんなが見直す必要がある。

例えば泡盛だが、有義君が長年にわたって“古酒”づくりにそれこそ其の道一筋に生きているのも良い例で、泡盛ほど飲んでうまい酒は他にあるまい。

貯蔵能力もぐんと伸びたと聞くが、今後とも“高級な泡盛”を消費者に提供してくれることだろう。益々発展されんことを心から祈念いたします。

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