有意義だった視察 北部酒造組合、鹿児島業界を視察(昭和46年1月10日)

  • [公開・発行日] 1971/01/10
    [ 最終更新日 ] 2016/01/28
   

北部酒造組合(組合長:玉那覇 仁栄氏)では、1971_1_10_okinawa-north-shuzo-union_kagoshima_investigation昨年12月3日~9日までの1週間に亘って鹿児島の焼酎業界を視察、この程その報告書をまとめた。

一行は玉那覇仁栄(組合長・恩納酒造所)、山川宗秀(山川酒造所)、慶佐次興栄(名護酒造廠)、崎山起松(崎山酒造廠)、奥間輝子(金武酒造所)、萩堂盛治(宮里酒造所)、大城孫次郎(羽地酒造所)、与儀幸一(与儀酒造所)、仲田輝信、代理(伊是名酒造所)、池原(高里酒造専務)以上の各氏で編成、短い日程での視察ではあったが、非常によい参考になったようだ。

それによると協業した4大メーカーを訪ねているが、先ず大海酒造株式会社の場合、協業に踏み切ったのが昭和42年(1967年)、工場数24場の内、協業合併工場数10工場となっており、内製成3場、販売1場、総資本1,500万円、出資方法40%~60%近、職員常役2名、従業員19名、工場当り販売150~2,000石、販売実績は月平均305石、年間3,761石となっており、総販売数量、平均473石で11,366石(2,046KL)、販売区域は市内外で本銘柄はさつま大海で他に2銘柄となっている。

次に若潮酒造協同組合、加治木酒造協業組合(現:国分酒造協業組合)、大口酒造協業組合の順に列記してみると、若潮が協業年月日が昭和43年(1968年)8月、加治木が昭和44年(1969年)5月、大口が昭和45年(1970年)8月である。

工場数は若潮18、加治木18、大口13。協業合併工場数は若潮5場、加治木の内製成3場・瓶詰1場、大口は11場・内製成1場・瓶詰1場となり、総資本は若潮2,480万円、加治木1,600万円、出資方法は若潮35%~65%近、加治木20%~80%近、1口100万円、大口は1150口~160口、職員数常務役1人、若潮は従業員は男8人・女5人、加治木32人、大口23人。

販売実績は若潮は月337石、年間4,050石。加治木は月433石、年間5,200石。大口は月458石、年間5,500石。総販売数量は1場630石で、若潮は1,350石であり以下は不明である。

販売区域全県(若潮・加治木)、大口市内の人口45,000人が対象で、銘柄数1銘柄(公募・大口)となっているが、他に業者への処遇、その他として、保証はなく使用可能な備品は評価し出資へ振向ける。

車両3台(若潮)、所得の保証を向う3年間行う。車両8台、15石、10石タンク車各一、小売問屋280名(加治木)、業者が職員となり勤務している全員に報酬を払っている(大口)以上のように報告は述べている。

玉那覇仁栄組合長は、今度の成果、更には今後の問題について次のように語っている。

玉那覇仁栄組合長

とにかく煙突、のれんを倒して協業に踏み切ったあたり、非常に見習うべき点であり、大は1,000~1,200石製造する業者まで統合され、平均400石程度の工場で統一されており、鹿児島方式でできれば幸いだが、のれんまで倒すのは疑問であり、北部だけの共販制にするか今後頻繁に会合をもって煮つめていきたいと思う。

できれば全琉一円の販売体制が北部業界的考え方ではあるが、鹿児島の場合、ラベルを一つに絞った場合、果たして売れるか疑問もあったと云うが、マスコミを利用して宣伝していったら逆に売れゆきは伸びた。

だからマスコミを利用したら、そう云う心配は毛頭ないと語っていた。問題は人の和だと思う。誰かが音頭をとってやるべきであり、いずれにしても全く新しい会社であり、現状維持か共販かは、今からじっくり話し合っていきたい。

つい最近も主税局から部課長もみえて、いろいろアドバイスを受けているので、早めに結論を出すように努力していきたい。

 

と語っている。

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