過去の記事一覧
-
【前号の続き】 上原「『心しち飲みば薬やらやしが あまた飲む酒や 毒どぅなゆる(酒は気をつけて飲めば薬にもなるが、度が過ぎれば毒になる)』という歌がありますが、酒は薬ですか、毒ですか?」 仲村「両方ですね」 上原「この即…
-
去る5月9日金曜日の午後3時より4時までの1時間番組、ラジオでは沖縄で最も長い「長寿番組」といわれている上原直彦さんの「民謡で今日拝なびら(ちゅううがなびら)」にゲストとして生出演させてもらった。この人はラジオのために生…
-
那覇市立松島中学校のPTA会長をしていた時に校長の仲原さんから八重山に〝泡盛という姓がありますよ〟と聞かされた。この校長はじめ川崎という教頭先生、仲間といっ教務主任など皆泡盛を飲んで大いに生徒たちの将来について論じ合っ…
-
佐藤東男さんは後に全国卸売酒販組合中央会の専務理事に迎えられ、其処で敏腕を振るった。中央会とは文字通り全国の卸売酒販の組織のトップである。その時代に東京池袋の西武百貨店で初めて沖縄の大物産展が開催された。オキナワンドーナ…
-
その頃の泡盛業界の実態はこうであった。一番売れゆきのよかったのが「瑞穂」と「瑞泉」であった。両者共現有の自社製造能力では販売数量を賄いきれず他の製造会社から樋買いをして、それに自社製造の酒をブレンドし、自社レッテルを貼…
-
第2代目沖縄国税事務所所長になったのは佐藤東男さんであった。今から32~34年も前のことである。当時の沖縄国税事務所は那覇市美栄橋の今の沖縄銀行本店裏の比嘉ビルの2、3階にあった。第一回泡盛鑑評会はそこで開催されたが、ち…
-
前号と前々号に新崎盛敏さんの「西武門節考」を小紙掲載から引用して紹介した。今号では氏の友人の金城唯温さんが「波之上界隈(かいわい)」を書いて下さっているので、ま、その続編みたいなカタチで小紙掲載号から引用してみたい。金城…
-
戦災と戦後の世相の変転、地形の変貌、また年代の経過で辻と西武門の関係、特に〝西武門ヌウェマヤ、ウ伴サビラ〟を真意まで解し得る世代が少なくなった。やがて文字通りに表面だけの解釈に終わる時代が来そうな気配への防備を備えておこ…
-
首里の方で初代東京泡盛同好会会長だった新崎盛敏さんというインテリが居た。新宿の泡盛居酒屋あたりでも一タ酌み交わしたこともあったが、長年東京に在りな がら幼年の頃のウチナーが実にはっきりと憶えていた。この人が面白い話を書い…
-
国際通りの牧志交番所横からちょっと入った所の左側に、小料理店「小櫻」がある。つまりグランドオリオンの真後になる。この通り名を“龍宮通り”と称している。この店は、今年で開店52年にもなり、沖縄では最も古い老舗である。私がこ…
-
2022-8-6
今から20年以上も前の話。600年の歴史を誇る琉球泡盛に興味を持ち、観光客気分で泡盛蔵を巡り始めると…
おすすめ記事
-
泡盛検定協会(会長:古賀桃子/事務局:泡盛新聞)は、令和4年5月8日(日)より、泡盛検定3級合格に向…
-
泡盛新聞は、令和2年3月20日(金)、創刊50周年記念事業の一環として、台湾と沖縄を股にかけ活躍する…
-
沖縄には「もあい」という制度があります。
簡単に言ってしまえば、定期的に開催される飲み会のことです…
-
令和元年8月24日(土)、名護市真喜屋の水田にて、地元農家の指導の元、泡盛業界関係者が泡盛原料用長粒…
-
平成30年10月30日(火)、久米島の久米仙(久米島町、島袋正也社長)、瑞泉酒造(那覇市、佐久本学社…
ページ上部へ戻る
Copyright © 泡盛新聞 All rights reserved.