過去の記事一覧
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琉球精油株式会社 社長 根波朝造“あけましておめでとうございます”私は以前茨城の或る造り酒屋に4年位働いていましたが、そこで盗み酒を飲み、その味がまだ忘れられない。酒屋では仕込みが終わるとコシキだおしと称して祝があるが・…
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割烹 千広会館 経営者 具志堅興一そうですね。かれこれ8年程になりますか酒を飲み始めてから。以前はとにかくアルコールであれば何でも良かった。しかし現在の仕事をするようになってからは朝は早いし、晩も1時~2時頃まで働き通し…
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イイソーグヮチデービル。沖縄でよく「酒トッテクワー」という言葉があるが、これは酒を盗って「取って」来いという意味にもなるが、実は店にある酒を買って来いと云うことである。つまり酒というのは、いつどこの店にも飾ってあり、日常…
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“酒に貧富の差はな”とはよく言ったもので、放浪者だろうが銀行の頭取であろうが、酒は等しく飲むものである。最近は嗜好の変化と言うか、愛酒家もマイペース主義で、飲む人が多くなってきていることは時代というべきか。人によっては酒…
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関西汽船株式会社 那覇出張所長 山野井延雄あけましておめでとうございます。酒は人類が作り出した最もすばらしい芸術品である。音楽も芸術品であり、絵画も芸術であり、詩も歌も外術である。しかし恍惚として夢幻の境に遊び、雄大な気…
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沖縄の各企業は1972年本土復帰は現実の問題として受け止めており、その対策に苦慮している現状にあるが、ここに泡盛業界にとっては朗報がもたらされている。本紙第3号で既報のとおり、大阪万博に琉球泡盛が出展される訳だが、今度は…
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飲んでうたって踊ったが、翌日その店の名を聞かれてぼくは返事にこまった。人の酒ばかりを飲んで歩いているので、店の名などいらないのだ。ご存知、山之口貘氏の有名の詩だが、私はこの詩をこよなく愛し、よく口にしている。
我々マス…
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今回はウヰスキー業者を訪れてみることにした。とは言っても、ここ合資会社諸見里酒造工場(社長諸見里勇氏)の場合は乙類免許(泡盛造りの免許)で発足したメーカーである。1949年1月、具志川村現具志川市字喜屋武に父藩戸氏(19…
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ビール酒造組合がこの程調査した昭和42年と43年度の国民1人当りのビール消費数量(大瓶換算)をみると、昭和42年には37.9本であったのが、昭和43年には37.3本と僅か0.6本とはいえ減少している。これを国税局別に分類…
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昭和15~16年の京都の泡盛屋は、概して、つの型があったが、これも大阪に本店をもつ大阪流の店構えで、今で云えばインテリアデザインといえないこともない。いかにも泡盛屋らしい店構えであった。巾二間半ぐらいのあまり広くない店、…
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2022-8-6
今から20年以上も前の話。600年の歴史を誇る琉球泡盛に興味を持ち、観光客気分で泡盛蔵を巡り始めると…
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泡盛検定協会(会長:古賀桃子/事務局:泡盛新聞)は、令和4年5月8日(日)より、泡盛検定3級合格に向…
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泡盛新聞は、令和2年3月20日(金)、創刊50周年記念事業の一環として、台湾と沖縄を股にかけ活躍する…
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沖縄には「もあい」という制度があります。
簡単に言ってしまえば、定期的に開催される飲み会のことです…
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令和元年8月24日(土)、名護市真喜屋の水田にて、地元農家の指導の元、泡盛業界関係者が泡盛原料用長粒…
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平成30年10月30日(火)、久米島の久米仙(久米島町、島袋正也社長)、瑞泉酒造(那覇市、佐久本学社…
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