あなたの顔つきが悪い~新聞はすばらしいが返す~

   

しつこいようだが、今回もまたクース談義をしてみたい。或る国産ウイスキーメーカーが以前週刊誌でこう述べていた。awamori_yomoyama_77_which-is-good_bottle-kosyu_or_jar-kosyu「ウイスキーは樽からびん詰めにすると熟成は止まる」というのである。

つまり、びんの中ではもはや熟成はしないということだ。私はこの記事を読んだ時面白い発見をしたおぼえがある。40年近くも前のことで、琉球泡盛は置けば置くほどうまくなるという位いの知識しかなかった頃の事である。

小紙醸界飲料新聞の創刊1周年記念号の座談会で石川逢篤さん(故人)は、「泡盛は1ヶ月間も置いておくとうまい酒になる」と語っている。

私は小紙が印刷から上ってくると何百部もひっ担いで安里三叉路から当時の那覇署前まで1軒1軒新聞を配っている。今でもそうだ。勿論タダで、しかも自分勝手に配るのであるから、店によっては嫌な顔をされたこともしばしばあった。

時にこんな事もあった。国際通りをフーフー一生懸命配って歩いていると、後から私の右肩をたたく人が居た。振り向くと大男が言った。「あなたの新聞はすばらしい、が、あなたの顔つきが悪いからこの新聞は返す」と言って今先配ったばかりの私の新聞をつっ返したのである。

そうですか、どうもすみませんでしたと言ってぺこんと頭を下げて、私は次の店へ行ったのであるが、道々考えた。午後3時をとうに過ぎていたが、私は昼飯を食べていなかった。いやポケットに10セントのお金すら入ってなくて、パンのひときれ買えず、ひもじさをひたすらこらえながらの配布であってみれば、ただでさえ人相の悪い自分が相当な悪顔をしていたのであろう。

貧乏がつくづく嫌になった。ストレスがたまった。そんな時、「アッ!中山のおやじの店行って一服しよう」と頭に浮かんだ。国映館の近く松尾の市外線バス停留所前に寿屋染物店があって、其慮(そこ)のおやじであった。

中山のおやじ(故人)はなかなかの物識りで、大の泡盛党であった。国際通りを“流す”時の私の恰好の憩いの場所であり、よき話相手でもあった。

或る日おやじが言った。「仲村君、泡盛はびん詰めして置いてもクースになるよ、現に私の1升びん詰め5本は色が琉泊色になっていてうまそうだなあ、いつか一緒に味見しようなあ」。私は一瞬ゴクンと生つばを飲み込んだが、とうとうこのおやじ、その約束を果さずに黄泉の固へ旅立ってしまった。

前号で識名酒造の極上クースの記事の中で、識名さんが語っているように、びん詰めにして置くとテンポは素焼き壷よりおそいが、確実に上等のクースになるのは間違いない事実である。

或る流通などは、クースはびん詰めクースに限ると言って、いささかも自説をゆずらない。片や或る泡盛居酒屋のおやじなどは、クースは素焼きの壷には遠く及ばないと、これまた自説を曲げない。また、或る泡盛メーカーなどは頭から壷を信用しない。と、まぁ三者三様の態であるが、どちら側にも各々一理ある、と私は思っている。

一番目の流通氏の主張はびん詰めクースには一点のクセもない、つまり容器臭(香)が出ないということであり、二番目の居酒屋氏の主張は、素焼き壷で熟成させたクースの味は奥が深くて味クーターであるという理論だ。

三番目のメーカー氏がハナから壷を信用しなくて専らびん詰めに固執しているのは、これまで何度もいやな苦い思いをさせられてきた経験があるからである。このメーカーは本土の買い手からの注文で5升詰めの素焼き壷入りを何回も郵送してきているが、その都度漏れか蒸発かで中身が無くなっていた、という事実にうんざりしての結論からである。

ともあれこの続きは次号に紹介してみたいと思う。しかし、今号は何やら私の嘆き節の一端を書いてしまったが、この「泡盛よもやま話」もやがて連載が始まって100回にもなろうとしているので、これからはボチボチ赤ッ恥を書いていきたい、と、まぁそう考えているのであるが・・・。

2005年6月号掲載

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